2017年1月29日日曜日

失敗した麹で作る甘酒

かれこれこの1が月ぐらいの間で、4回麹を作っている。

1回目は我が家の味噌仕込み用。

4キロ仕込んでおいて、そのうち500グラムは友人にあげる予定のものだった。

4キロって結構な量で、お米を蒸して菌を入れて 保温するまでは完璧だったんだけど
なんと、保温しているマシーンの電源が途中で切れてしまった。

切れたというより、くり坊くんがピコっとスイッチを押して切ってしまったんだと思う。

中の3キロのお米は、前日のフワフワから一転、輝きを失い冷たく横たわっていて。

これってね、想像以上にショックなんです。

朝楽しみにして、様子を見に行くんですよ。

前夜に見たときよりも、もっとフワフワになって、「ああ、生きててくれた!」って、普通なら
ルンルンな1日が始まるんです。

これが、死んでるんだもの。

言葉にならぬ悔さでいっぱいの1日を過ごすことになります。


この麹さんは復活を試みるも、願い空しく、コンポストへと召されまして。


翌週作った2回目の麹は、もう一度3キロ仕込み、無事お味噌のカメに収まりました。


なんだけど、あげる用の麹は渡すタイミングが合わず、とりあえずそれはそれで、
塩麹にした。

で、先々週だったか、 我が家に昨夏から加わった「KAMOSHIKO」というヨーグルトメーカーで
もう一度あげる用の麹を仕込むも、失敗に終わる。

自己流の扱い方が悪かっただけで、これは紛れもなくスバラシイ機械なんですが。


 

今回は実験的な意味合いもあって、自分なりに試行錯誤して望みましたが、だめだったな。
まだまだ研究が必要。

失敗作は匂いは麹そのものなんだけど、べたべたしていてフワモコの菌糸もほとんどついて
おらず。

で、色々しらべた結果、そういう出来の物は発酵を進めて甘酒にするとの情報を得たので
さっそく水を加えて、60℃で10時間。




すると、ドロドロになった甘酒が出来上がっておりました。。。。

が。

わたくし、甘酒が大の苦手でして、味見しても美味しいのか不味いのかもわからない。
人にあげるにしても、あげられる代物なのかもわからない。

ペロッと舐めても、オエって感じで、私はね。 笑

1リットルはできた。

甘酒好きな人には、たまらんのでしょうな。


これはどうにかできないものかと、甘酒のアレンジ法を調べました。

しかし、どれも結局は甘酒の味がするはずということで、作る気も起きず。

結局、家にあった蕪で「べったら漬け」を漬けてみた。

1日たったお味は。。。。。大成功と見た。

今度日本に帰ったとき、乾燥の柚子皮を買って帰ろう。

ベったら漬け X 柚子とかもぉーーー。 




ところで、先週仕込んだ4度目の麹。

こちら、今までにない上物に仕上がったので、満を持してお渡しすることができた。

あげた相手は発酵食品にのめり込んでいるドイツ人なのだが、この麹を使ってひよこ豆の味噌を
作るといっていた。

物々交換ということで、手作りのキムチをもらったんだけど、ドイツ人が作るキムチも
なかなか乙なものだった。



そんなこんなで、醸しの冬。

明日もまた納豆を仕込みます。

2017年1月23日月曜日

クロスカントリー@チューリンゲンの森



昨日突然思い立って、クロスカントリーに出かけようということになり
マーの従兄が住むチューリンゲン州にある森の町へ。

起伏に富んだ土地に森が広がるこの地域は、日本のような山登りスポットこそないものの
従兄が住む町のように海抜800mともなれば、雪はけっこう降り積もるわけで。

今年は例年に比べて少ないと言っていたけど、私からしてみたら豪雪地帯です。


坊やんはまだまだスキーは履けないので、たまにパパに背負い子で担がれ、たまにソリ。
全部で8キロの短いコースだったけど、ちびっ子連れには丁度良かった。




とても天気のよい日で、雪遊び日和にもかかわらず、森ですれ違った人は数人のみ。

ここは相当な穴場と見た。

こんなところに住んでいる従兄がうらやましいわ。

そんな昨日と打って変わって、本日朝の気温が-12℃。

寒いというか、痛い。

2017年1月21日土曜日

150年前の手紙


近所のおじさんがまた日本の本を持ってきた。

私が住む町出身で、明治の時代に皇族のお雇い医師だったドイツ人の話。
親愛なる母上に送り続けた手紙が延々と訳されているんだけど、彼がアメリカから出した
手紙の中に、

「トマトが大きな役割を果たしている香辛料が何にでもかかっているのが、耐えられません」

と綴ってあった。

ケチャップがキライだとシンプルに書けない教養の高さが!笑

150年前からすでにある、ジャンクフード文化にゲッソリのショイベさん。

その時代の日本の食文化にも触れており、表現の仕方がとてもおもしろくてナゾナゾを
しているみたい。

もっとおもしろかったのが、ケーキのようなパイ菓子の中にあらかじめ焦げないように湿らせた
雀ぐらいの大きさの鳥が焼き込まれていて 、パイを切ると中から1ダースほどの生きた鳥たちが
飛びだしてくるという料理。

「飛び出てきた鳥たちのかわいいこと。。。」

さらりと書いてあるけど、かなり残酷だぞ。


今では考えられないけど、そんなことがこの時代では、外国の来賓をもてなす最高級の
料理だったわけですね。


どんな料理なんだろうか、気になる気になる。

2017年1月16日月曜日

10年ひとむかし


トップ画像を変えてみました。
シベリアで良く見かけた、幸せの青い窓枠(と勝手に今名付けた)


撮りためている写真を整理するのに、昔の外付けハードディスクを開けて見たら
懐かしい写真の数々。

10年前って、昨日のようだけど、やっぱ10年も前だったんだな。。。。色々思い返す。


当時本当に良く山登りをしていて、山の写真が沢山ある。

10年前の秋には、マーと二人で世界遺産になったばっかりの知床半島に向かった。

仕事で北海道に数日滞在していたマーを追いかけて、私は飛行機で札幌まで行き
それからレンタカーで知床へ向かったんだった。

4日間ほとんど人に会うこともなく、いやでもクマには会って少し怖い思いをしながら
縦走を終え、翌日から違う山に入るというマーを置いて、また一人で東京に戻った。

山登りだけをしに、わざわざ北海道に飛行機で向かうなんて、今からだと考えられぬほど
フットワークが軽かったなと。







 これは赤岳。

雲海から望む富士を見たとき、富士山は登る山ではないなと思った。
登るより、遠くの山の高いところからの富士山見たさに、周辺の山も けっこう攻めたっけ。


2日間の登山を終え東京に戻り、連れの韓国人の友達と韓国カラオケバーに行き
気づくと朝で、仮眠して仕事に向かった。

あのころのスタミナ、今はないなー。

 31歳だったあの頃。

人生の中で一番アクティブな時期で、一番ポジティブで、ものすごい゙開けている゛人だったと、
自分でも思う。

山に登るようなことが徐々に好きになり、交友関係も変わってゆき、人生観も変わって行った
そんな時だった。

そして「東京から出たい」と思っていたのもこの時期で、結果色々な導きにより最終的には
日本から出てゆくことになった。

右往左往、浮いて沈んで日々が連なり、10年経って今に至り。


次の10年後に今日の日を振り返って、私は何を思うのかな?

なんだかこの頃、落ち着きすぎて、馴染み過ぎて、色んな事がぼんやりぼやけてきた。

何かしたい、何かやらなきゃと。

何だろうね。

2017年1月10日火曜日

おしゃぶり卒業式


かれこれもう去年になる、クリスマスの話し。

どんなプレゼントよりも嬉しかったことがあって。


我が家の坊はちょうど2歳半をむかえた所。

なんですが、お恥ずかしい話?おしゃぶりがまだまだ手離せない時がありまして。

日本ではビックリするほどおしゃぶりっ子を見ないんだけど、こちらではまぁ3歳ぐらいまでは
無理してやめさせる必要はないでしょう、という感じ。

それでも4歳5歳ぐらいになってまでチュパチュパしてる子をたまに見かけるたびに、
うちもそろそろ止めさせてあげなくてはと思っていて。

ほんの数週間前まで、彼がおしゃぶりを必要とする時というのは、寝る時と、どうしても
機嫌が悪い朝とか、昼寝から起きた直後とか。

幼稚園での昼寝の時は、先生方の魔法のお陰で 「なし」でも寝られるようには
なっていたので、チャンス到来とばかりに、機会をねらっていました。

そして

「恥ずかしいよ」「赤ちゃんみたい」(彼はこれを言われるのがキライ)とか、なんとなくおしゃぶりを
「もう手放さなきゃいけないものなんだ」ということを ちょいちょい刷り込んでおくこと半年。

最終的には「自宅で寝るときだけの物」、というところまでやっと来れて。



で、このほど

「サンタクロース」を利用して、一か八かの最後の仕上げ。


「24日サンタさんがやって来てね、君にプレゼントを持ってくるよ。
サンタさんは君よりもっともっと小さくて、いつもエンエンって泣いてる赤ちゃんに
おしゃぶりをプレゼントしたくて、集めてるんだって。
だからプレゼントもらう代わりに、君のやつをあげてちょうだいね?できるかな?」

ということを、クリスマスの1週間ぐらい前に話しておく。

そして、それから毎日

「あと何日でサンタさん来るね。ミンミ(おしゃぶりの事)あげようね。」

というのを何気に耳に入るように、何度か繰り返す。



クリスマス当日、プレゼント交換の時間。実家にて。

いつもなら与えないけど、この日が最後ということで、おしゃぶりをくわえて遊んでいる最中
出張サンタさん登場。(近所のおじいさん)

この「おしゃぶり卒業儀式」は事前に打ち合わせ済みで、サンタさんが坊にプレゼントを
渡す番になり、彼に手紙が読み渡された。

「君はたくさんおしゃぶりを持っているそうだね。他のいつも泣いてる赤ちゃんたちに
あげてくれないかい?」

それを聞いた瞬間に、自らおしゃぶりを口元からはずし、サンタさんに手渡した!

渡したこともそうだけど、言ってることちゃんと分かってるということにも感動してしまった。

その瞬間から、1度もおしゃぶりを口にしてない彼。

最初の2日ぐらいはやはり寝るときに「ミンミーー」といって愚図ったけど、そのたびに
サンタさんが持って行ったことを説明すると、次第に理解しゆき、今では記憶の彼方遠くの
存在になったみたい。


 先日遊びに来ていた1つ年上の男の子も、おむつは取れてるけどおしゃぶりは手放せなくて、
それを見ても反応せずだった。

言ってしまえばイヤラシイ話なのかもしれない。
ひと芝居仕込んだわけだけど、プレゼントと交換に自分の大事な物渡せなんて、何も知らないのを
いいことに、あの渡した瞬間の表情を思いだすと、ちょっとだけ胸が痛む。

だけど結果オーライということで。

何よりも、無理やり取り上げてとかではなく、自発的に手放すことができてよかったな。

本人も納得のご様子で。

ミンミなんていらないもーーーーーーん。

2017年1月5日木曜日

困ったもらいもの


友達からよく子供服のおさがりを頂くんだけど、今日開けた袋の中身はもう、ニヤニヤが
止まらない。

人に物をあげるにも、性格、お国柄が出る??

いや、それは関係ないか。

あの人が特別なだけだ。

良く会うフランス人の彼女は、すっごくチャキチャキサバサバしてる、私の大好きな
友人の一人。

表現できないほど突拍子もないこともたまにするんだけど、語学堪能、頭脳明晰、バカが付くほど
社交的で、エネルギーに満ち溢れているそんな彼女を私は尊敬すらしている。

なんだけど、どこまでも自分の道を突き進む彼女は、いつも靴下がチグハグで。

そんな小さいことを気にする人じゃないのは分かってるけど、私はいつも見てしまう。

「あ、やっぱ今日もちがう。」

疑問に思う方が間違ってるのも、分かっている。

だけど、色違いはもちろん、素材違い、厚さ違い、長さ違いの靴下を履いててよく平気だなーと
感心してしまうのは私だけだろうか?

彼女がダメとか言ってるのではなく、私は絶対に無理。

けっこういい加減な方だけど、そこはどうしても気持ち悪くなる領域だと思う。

彼女の家族のもとに、両方揃った靴下など、きっとない。

実際、旦那と息子もけっこうな確率でチグハグなのを私は知っている。

むしろ揃ってるのを見たとき、おおおおーってなる。



で、今日開けたお下がりの袋の中身。

ズボンやらジャケットやら使えるものがたくさん入っていた。

そして、下の方にあった靴下の塊。

そういえば、「靴下はペアでまとめてないからー」って言ってたっけ。

「ペアで持ってるのあるの?」と一応突っ込んでおいてけど。

知ってたよ、知ってたけどね、もー笑いが止まらなかったですね。

20足以上の片足ソックス。(大人用のも1足混じってた笑)


 奇跡的に4組程ペアのものがあったけど、どれも小さすぎ。

どういう基準でこれをうちに持ってこようと思ったのか、想像するだけで笑える。

多分彼女の中では、靴下はチグハグというのが常識なんだろうな。

前回の袋の中には、女の子用のかわいいパンティーがわっさーっと入っていて、きっと彼女の
息子はそれを履いていたんだろうか?

ありえる。

すごい、やっぱちょっとぶっ飛んでるわ。



ちなみに、日本人のママさんたちから回ってくるおさがりは、もうそれこそ国民性が滲み出ている
というか、洗濯は絶対してあるし、きちんと畳んである。
タダで頂くのが申し訳ないと思うほど、きちんとしている。

アイロンが掛かっていたときもあったっけ。

ドイツ人もきちんとしてるので、アイテム別に分けてあったり、あとは好みを察してあらかじめ
ピックして持ってきてくれる人もいるし。

ま、私はべつにどうせ一度広げて見るし、水にも通すのでそこまでかっちりしてなくても
いいけど、靴下片っぽは、ちょっとこまるんだよなー。

でも捨てるのもなんだし。

掃除用に回せばいっか。

2017年1月3日火曜日

またしても新聞の間違い

「リースリング」と言わされ、パチリ。いつもこれ。

日本語講師の件でインタビューされ、年末にドイツ某新聞のローカル欄にデカデカと記事が出てた。

数日前から、「見たよー見たよー」と、いろんな所で声がかかってたんだけど

新聞をとってないので見ることもできず、今日誰かがフェイスブックで掲載していたのを

きっかけに、初めて記事のあるサイトに辿り着いた。

 

掲載されていたのはまさかの、カメラマンが授業中勝手に来て撮っていった写真だった。

どスッピンもいいところだったので、ぼやかし加工で自主規制しときます。笑
 

この新聞、かれこれ3度ほど載ったことがあるけど、いつも何処かが間違っている。

 前回は私の名前の漢字の意味を「小さな古い家」と訳された。 

美しい古い都でも、失笑されますが。
 

分かってねーなぁ、ドイツ人。

今回はわざわざ新聞社に出向き、1時間ぐらい1対1での本格的なインタビューで

記者の人もメモを取りながらだった。

 

なのに。

「、、、と、この2児の母は言ったのだった。」

みたいなくだり。


なんですとーーーー!!!!

早くも近所で、KOTOMIに隠し子騒動が。

実家にも電話が掛かってきたっちゅーの。

それは、先日クリスマスの時に依頼したサンタさんからで、

「もう一人の子は日本にいるのかい???」

だって。

そりゃそうだよね、クリスマスの大事な日に子供が揃わないはずないものね。

誰が悪い?

あの記者が悪い。

 ドイツ語で、1と2ぐらい間違わずに言えるわい。

つーか、そこを盛ってどうするっていう話で。

新聞なんぞ、信じたらいかん。

2017年1月1日日曜日

あけましておめでとうございます。


1月1日。

正月気分がまったくないこちらドイツから、新年のご挨拶をば。

このブログを読んでくださってる方、コメントやメッセージをくれる方々、いつもありがとう
ございます。

 今年も気まぐれ更新のブログですが、どうぞよろしくお願いします。


クリスマスがあっという間にやって来て、ダダダーーーーとこの1週間何をしていたんだか。
ゆっくり過ごそうと思って、特に予定は入れてなかったんだけど、結局お客さんが多い
年末となった。

今朝なんか、昨日から滞在している友達の友達が何故かライプチヒから遊びにやってきて
起きたら知らない人がいた状態 (笑)

ま、こっちではそんなに特別な日じゃないので、日曜で天気がよかったら来たとか、そんな
感じで。

ゆるりと年が明けました。


今年はやりたいことや挑戦したい事が沢山あります。

また新たな気持ちで、この1年を始めたいと思ってます。

とりあえず心残りだった、昨年の「日本車中泊の旅」の旅日記を一昨日完結させました。
  http://j-2-g-nihongo.blogspot.de/

良かったら覗いてみてください。



明日からは、ダイエットだな。

もう、この年末食べ過ぎ飲み過ぎで、体が重くて重くて。

幼稚園も会社も明日からは通常通りですが、私はこれからガキ使スペシャルを見て
日本の晦日モードに逆戻りしたいと思います。