2017年8月15日火曜日

ご勘弁きゅうり


                     もう勘弁してほしい、コレ。



日本のきゅうりを育ててますが、2日で30本とかざらに採れてしまう。

もちろん普通に消費できるわけがないので、ピクルスなどの保存食をつくるんだけど
それでもあまりに余る。

すでにストックで20瓶ぐらいあるところ、今年また40瓶ぐらい追加になると思う。

そもそも私は漬物類があまり好きではない。

野菜はそのまま食べるのが一番好きだし。

自分で漬けたピクルスなど、おいしくて食べるけど、日々の食事の中でそこまで欲することがなく。

なのに毎年毎年なぜにこの量?

それはマーが保険だといって栽培予定の3倍ぐらいの苗を作って、結局全部の苗が生き残って
全部栽培することになるから。

家族3人で日々の消費分とちょっとした保存食を作るには、10株もあれば十分。

それをどこもかしこもキュウリだらけにしおって!



出来過ぎなら、配ればいいじゃん?

いえいえ。

ドイツの片田舎では、クラインガルテンと言って、週末用の庭を所有している人が多い。
 
例えば、 うちのお二階さんも別庭を持ってるし、三階の人も実家のお母さんが別庭を持っていて
そこではもれなく野菜が作られてるわけだから、彼らの手元にも有り余るほど野菜があるわけで。

 おすそ分け出来ない理由は、こういうところにもあり。


野菜を作るのは楽しいことだし、保存食作りだって好きでやってるけど、自分たちにあった
量を見極めないと、楽しいはずの作業が、面倒くさい仕事になってしまう。

 田舎暮らしはねー、やることいっぱいあるのよ!

 きゅうりばっかりに、かまってなんかいらんねーの。

何故かってね。

来週はトマトが30キロぐらいとれそうだからだヨ!😵

2017年8月11日金曜日

3歳児ワールド



3歳になった息子君ですが、最近の流行りはママゴトだったり、何とかごっこ。

3歳児ワールドがさく裂しています。


ある日のごっこ。

坊: 牛乳とバターと、それからお肉を買ってくるね。(お肉だけ日本語)

母: あとチーズと、それからパンと、あと。。。。。

坊: 寝袋は???

母: 笑笑笑


またある日は、お母さんごっこ。

私が子供で、くり坊くんがママの役。

幼稚園の帰り道からすでに始まる事が多く、私の手をひっぱってお家まで連れてって
くれる。

「ほら、もうすぐ着くから頑張って歩いて」 とか、よく励まされる。

家に帰るとベットに寝かされて、 ご飯を作ってくるからと言って部屋から出てゆき、ミニカーを
山盛り持って戻ってくる。

そのミニカーを顔の周りに並べられたりする。

その間の役回りも、お母さんに徹していて、ずーっとお母さん口調。

飽きてくると、いきなり「僕はベイビー」と言って、フニャフニャになって終了する。


いつからこんな遊びができるようになったのか。。。。

面白すぎるじゃんか!

2017年8月5日土曜日

ご近所さんってこんなにいいものだったんだ!


ひと月ほど前、うちから徒歩1分のところに仲の良い友達家族が引っ越してきた。

この街で唯一と言っていいくらい、心の通う友達。

くり坊と誕生日が2週間違いの男の子と、1歳半の女の子と犬がいる家族。

今までは街の反対側に住んでおり、その途中大きな坂があったりするので、行き来するのも
けっこう面倒で、会ってもせいぜい月に二度ぐらいだったかな。

今回ご近所さんになったことで、彼らの存在がぐっと身近になったというか。



 ドイツの共同住宅のいい所は、建物の正面からは想像つかないけど、だいたい中庭や
裏庭というのがあって、住人の共有スペースになっていることが多い。

彼らのアパートには4家族が暮らしていて、合計9人の子供がいるので、裏庭も必然的に
子供の遊び場さながら、トランポリンやら砂場やらブランコやら、公園並みに充実した
広場になっている。

今は子供達も夏休みなのでけっこうな頻度でこの庭に通っていて、何よりいいのが、
約束してなくてもフラッっと遊びに行けること。

毎回夜ご飯も一緒に食べて、暗くなるころお家に戻る。
暗くなるといっても、夏のドイツは日が長いので、9時ごろまで子供達は目いっぱい遊んでいる。

そしてくたくたになって、家でバタンキュー。

徒歩一分だから、なせる事だな。

同じ敷地内に住んでるわけではないけど、この距離感が最高に良い。



そして

この家族とともに、うちの庭に引っ越してきたのが 、この蜂さんファミリー。

ずっとやってみたかった養蜂も、こんなに身近になりました。


           

楽しい夏は、まだまだ続きます。

2017年8月3日木曜日

週末のお客さん

夏休み。

今年も日本から友が二人やってきた。

なんと4泊5日の強行スケジュール。

4日で何ができる??とか思ってたけど、詰めて詰めて充実の毎日。

何日も何日もいてダラ―っと過ごすより、限りある時間の中でスパッと楽しんで
サヨナラ―のほうが、観光とか一切興味の無い男達にはいいのかもしれない。

うちに来てしたことは、庭でグリル、近所のライブ、湖キャンプ、フリマ、サイクリング
そんなところだ。

あと、近所のとても素敵なパブにウィスキーを飲みに行ってたな。
これはウィスキー飲みの二人にとって 、忘れがたい体験になったにちがいない。

やはり、ドイツは夏来るに限るかな。チケット代高いけど。
日も長いし、庭やテラスでのんびり過ごせるし、うちのお庭も見ごたえあるし。

少年が田舎のおばあちゃんちで過ごす夏休みみたいだったな。















また来てね!

2017年5月24日水曜日

「好き」の魔法

こいのぼりを昨日やっとしまった、、、

くり坊、あと1カ月で3歳。

最近幼稚園のクラス替えがあり、今月から3歳から6歳児が通うクラスに行っている。

そのせいもあって、言葉の発達や運動能力、とにかく知恵のつき方が今までと比べものに
ならないほど早く、この1カ月で毎日毎日すごいものを見せてもらっている。


会話は相変わらず、私は日本語で話し、彼はドイツ語で返事をする。

たまーに片言の日本語単語が出てくるぐらいにはなったかな。


一番良く聞く日本語は「まま、しゅき(好き)」❤



先日、開いてる傘を無理やりドアから通そうとして、くり坊が壊すという事があった。

で、私は怒った。
怒って、何でそれがいけないかちゃんと聞かせようと呼び寄せたが、目も合わさず逃げて
行って、そのまましばらく一人で遊びだしてしまった。

それから15分ぐらい経ったころだろうか、洗濯物を畳んでいた私の足元に寄って来て
突然「ごめしゃい」 と謝ってきた。

ごめんなさいという日本語で。

私は驚いて「なんで謝るの?」って聞いたら

「僕、僕、悪い子(böse)」 返事はドイツ語。

「ごめしゃい、ごめしゃい、まま、しゅき」




んもーーーーー、許す!




1本しか持ってない傘壊されたけど、許す。

と、完全にほだされるいる私。

こんな小さいころから、こんな知恵がつくとはね。

嫌われることが怖いという恐怖心がもう芽生えていて、繋ぎ止めておこうとする言葉も
出てくる。

これって例えば、浮気した男が「許してよ、愛してるから」といって、ついつい許してしまう
女の心理と変わり無い?笑

そんなことないか?

語彙が少ないからこその、自己防衛? 浮気男とは違うか。


とにかく状況に応じて、この「しゅき」はどんな意味があるのか、考えるのも楽しくて。

ルバーブの巨大葉っぱで大興奮!



今日もなかなか寝付けない彼に、私がもう部屋を出ようとすると引き止められて

「なんで一人で寝るのがいやなの?怖いの?」と聞くと

「ううん、ちがう。。。。。。。まま、しゅき」といって、頬っぺたを顔にスリスリしてくる。

わかった、今日はもうこのまま君とねてしまおう、、、とそのまま2時間眠ってしまった。


これ、私にとってはかなり効果がある。

10の理由や言い訳を聞かされるより、たった一言の「しゅき」パワー。

好きって言ってればなんでも許されると思うな、、、、、、いや、許す!笑

今のところ、「うれしい」「楽しい」「気持ちいい」とか、そういう言葉は言えないから
全部「ママしゅき」で代用してる。

こんなことも期間限定でしょうね。
いつかこの「しゅき」がなくなって、ちゃんとした言葉で色々説明ができるように
なっちゃた時に、私はものすごく寂しくなるような気がするな。

そんな時なんて、すぐにやってくる。涙
 

 母の日には、幼稚園で作ったんだというマフィンをもらった。
混ぜるのを手伝って、オーブンを見張ってたって。

私へのプレゼントなのに、幼稚園から自宅まで両手で大事そうに運んでいたっけ。
そして、半分自分で食べていたけど笑

永久保存したいぐらいの、うれしい贈り物だったな。





2017年5月9日火曜日

2歳児との里帰り記 後編


実は今回の里帰りで試みようと思ったのが、坊の保育園体験入学。

日本の子供達や日本語に少しでも多く触れる機会を作ってあげたいなと思い、
保育園事情をうっすらとしか知らない私は、1月ごろに直接保育園に電話をしたんだった。
 
 どこの保育園にもある一時預かりの枠に、一週間でもいいからちょこっと入れてもらえないかなー、というほのかな期待はバッサリと断ち切られたけど。

第一にそういう問い合わせは園ではなく、市役所にしなくてはいけないらしい。

市役所が入園希望者のリストを持っていて、もちろん入園は何百人待ちという現状。
一時預かりの枠でさえも空き待ちという感じで。

だけどそういう状況を改善すべく、この1年で家の近所にずいぶんと保育園が出来ていた。

それでもまだまだ待機児童がいるというのだから驚きだけど。

坊はもうすぐ3歳なので、次回の里帰りの時は幼稚園の体験入学を狙おうと思う。

狙うというより、何しろ坊の為にも、是が非でも行ってもらいたい。

と思ったのは今回の私と坊の距離感から感じたことで、やっぱり四六時中ずーっと
一緒なのはお互いの為よろしくない。

それとやっぱり、子供と遊んでいるときの生き生きとした姿を見ると、彼にはそういう時間が
毎日必要なんだなと改めて思った。

特に言葉の面では、子供同士の会話から真似して新しい言葉を覚えて、そして使って
いたのが感動的だった。

私には日本語で話しかけることなどまずないのに、子供には何とか日本語を話そうと努力して
していたし。

日本語を理解しているのは知ってたけど、ようやくアウトプットの回路が動きだしたかなという
感じ。

だから、毎日毎日日本の幼稚園に行ったらどうなるんだろうかと、それはそれで楽しみだな。

今年は秋にもう一度帰る予定なので、多分今月中にでも幼稚園に問い合わせをしてみよう
かなと思う。


そういえば今回、マーにパパ友が出来ていた。

近所の公園で知り合ったという、専業主夫の外国人で。

外国人同士だからか、変な気遣いはないと言って、休みの日にはほぼ毎日のように
遊びに行っていた。しかもアポなしで。

そこのお家は3人男の子がいて、くり坊君もよく遊んでもらったな。

私を差し置いて、パパ友ができただなんて、なんだか少し妬ける話だわ!

だけど、マーにも近所に友達が出来て、ホントに良かったな。


 そんなこんなで、あっという間の1か月の滞在で、あの日々はいったい何だったのかと
いうぐらい、生活のリズムも時間の流れも対照的な我が家に帰ってきました。

って、すでに何週間も前の事だけど。


全然関係ないけど、今回どーーーーしても気になって気になって仕方なかった
日本で耳にした新種の言葉をいくつか。

「抜け感」「こなれ感」

広告とか雑誌とかでよく目にしたんだけど。

きっと、あまりがっつりオシャレするんじゃなくて、意外なものとの組み合わせとか着方で
気を抜いた感じがかっこいい?という意味?

こなれ感は、すごいオシャレだけど、「私特に気を使ってるわけではないし、普段からこんな
感じですけど、何か?」っていうこなれた感じ?だよね。

もーーー、ダサすぎて笑った。

「こなれ感が素敵ですね」とか誰かにもし言われたら、私だったら顔真っ赤にしてダッシュで
逃げるな。

あー、恥ずかしい。

こういう感覚を言葉にするなっつの。笑

あと、フワンス。フンワリブラウスの略。

スカンツ。スカートパンツの略。

もーーーー、やめてくれー。こそばゆい。


ニッポン摩訶不思議発見だったわ。

2017年5月6日土曜日

二歳児との東京での日々



日本でのことを。

今回の里帰りで、やはり一番大変だったのはもうすぐ3歳になる坊やんとの日々。

まず飛行機は、「一度寝たらなかなか起きない」体質を利用して、夜出発の便で
朝まで眠ってくれることを願ったけどダメだった。

ソウル乗換の乗継便で行ったんだけど、12時間のフライトのうち寝たのは最後の2,3時間。

もうこの歳なので、モニターで映画を見たり、ゲームをしたりで時間はつぶせるようになったけど
それに集中してしまい、寝る時間を逃し、結局眠いのに寝れないで可哀想だった。

もちろん私たちもほぼ一睡もできず、仁川で乗換えて成田、そしてバスで自宅近くまで、
何時間の道のりだったんだろう。

帰国した翌日は、昼間の2時まで3人とも爆睡だった。

日本からの帰りは朝の便で、こちらはすごく良かった。
5,6時間は眠ってくれたかな。それでも十分。

それとアシアナ航空、スッチーさんはそんなに良くなかったけど、ご飯がとてもおいしくて
満足。

去年はJALで帰って、機内食がスープストックトーキョーのミネストローネや飯島直美さん
プロデュースのおでん定食が出て、「さっすがーーーー」と思ったものだけど、それを
優に超えてしまった、アシアナの機内食。

私もマーも韓国料理大好きだから、大絶賛でした。

乗継便で行くなら、次回もアシアナを利用したいな。ご飯目当てで 笑


で、東京の実家にて。


到着して、2日後に買いにいったのが自転車。

去年はまだエルゴでおんぶしながら自転車でどこまでも行っていたけど、さすがに今年は
重すぎでできないので、着いたらすぐに買いに行こうと思っていた。

そして、近所のリサイクル屋さんに出向くと、たまたま一台だけ、後ろに子供の座席も
ついてる、まさしくママと子供の為のママチャリが売り出されていて。

それがなんと15000円。ブリジストンの。

即決で購入しました。

なんでそんなに安いのか。

聞くと今は電動アシスト自転車がスタンダードな時代で、それ以外の需要というのがとても
少ないらしい。
だから、安くしないと売れないということだった。

日本の、というか東京の(?)電アシ率は本当にすごい。

多分9割以上の小さな子供を持つママさんは、みんなアレに乗ってる。

公園とか行くと、ずらーーーーーーと似たような自転車が並んでいて、さすが日本と思った。

みんなが乗ってれば、みんな欲しくなるもんなんだろうね。

逆に電ナシでも前後に子供乗せて、立こぎしてるママさんとか見つける事は、今の時代は
もう不可能。

昔は当たり前だったけどね。

で、昭和のおばちゃん(私)は「ちっ、なんだよ楽しやがって」なんて、電アシママにスイスイ
抜かされるたびに心の中で毒づいているんだけど、きっと東京に住んで子育てしてたら
「買ってー」って言ってるよねと、マーに言われた。

さすが、分かっていらしゃる! 笑

ま、でも15000円の中古のママチャリは大活用で、本当に買って良かった。

という話。。。

 その自転車を買った日に、もう一軒リサイクル屋さんに行って、(うちの近所リサイクルショップありすぎ) 坊の三輪車やらトイレやらなんやら色々買った。

すごいよねー、東京って。
欲しいモノがなんでもその日に手に入る。

この便利さに飼いならされてる感じがすごくイヤイヤと思うと同時に、直ちに物欲が満たされる
ストレスの無さといったら!

魔法の一種、麻薬の一種だなこれは。

期間限定だからこそ楽しめる爽快感ということで、その後財布の紐は限りなくユルユルに。

色々手元にそろって、坊との1カ月が始まったわけです。

毎日の日課は、午前中は散歩に出かけ、近所のお砂場で遊んで、お昼ごはん、そして昼寝。

起きたらまた公園に行ったり、お庭で水遊びしたりして、夕飯、遅くても9時までには
寝ていました。

近所の児童館にも何度か出向いたな。

だいたい10時ぐらいからママさんと子供達が集まって、一緒に踊ったり、ゲームをしたり
おもちゃで遊ぶ会みたいなのが、近所のあちこちで開催されていた。

雨の日などは、そういう所を活用したり。

まあ案の定、そういう所で私は浮き浮き浮きまくりで、なんだけどその違和感をこっそりと
楽しんでいました。

昼間の間友達に会いに出かけたのは、たったの3回。

一度昼寝をさせずに電車に乗って友達に会いに行ったけど大変な思いをしたので、 もう懲り懲り。

電車に小さな子を乗せるのが悪いのかと思ってしまうぐらい(悪いんだろうね)、東京の交通機関は
子連れにあまりよろしくない。

子育てを経験したおばさんや、孫がいそうなおじいちゃんとかからは、席を譲ってもらったり
声をかけてくれたりしたけど、だいたいあんまりいい思いはしなかったかな。

みんな忙しくて、余裕がないんだろうな。

ドイツでは、電車移動でもなんでも、「子連れで良かったー」と思うくらい、とにかく子連れには
必要以上に周りの理解と気遣いがある。

そういう面では、ドイツの今住んでる所で子育てが出来て本当に良かったなーと思い、
そして「早くドイツに帰りたい」、そんなことを思うのも、なんとなく冷ややかで無機質な電車での
時間を過ごした時だった。

後半に続く

2017年4月25日火曜日

ねずみアタック


帰国して1週間たちますが、 帰って来て荷ほどきよりまずやらなければいけなかった事が。



遡ること1か月前。



家の廊下で1匹の小さなネズミを目撃した。

電気を付けたとたん一目散に逃げて行って、それから見かけることはなく数日後には
日本へと旅立ったのだった。


帰国した翌日。

廊下にあったドライフラワーの束が荒らされていて、よく見ると麦の穂が食い荒らされていた。

そしてマーがトイレでネズミを目撃した。

「まだいたか。。。。」


家の中のどこかにいると思うだけで、気持ちが悪い。


その日の午後になって、日本で買い込んできた食料品などをしまおうと、 ストックルームに
入ったら、ただらなる悪臭と食料品が荒らされた形跡が。

怖すぎてマーをすぐさま呼んで来て、半開きのままだった扉付きの棚など全部開けてもらう。


小麦粉のストック7袋は、もれなく1袋ごとに小さな穴をあけて食いついたあとがあり、煮干しは
胴体だけ食べて頭は食べず散乱していて、鰹節とか海苔とか、乾物系が根こそぎ持ってかれた。

ちっとも手を付けないモノもあり、そういうのって味見もしないでどうやって見極めているんだ
ろうとか。。。

米とか大豆とか全然手を付けてなくて、コーヒ豆は食べてたり。

なかなかグルメなんだな、ネズミって。

って、おい。


このごちゃ混ぜに開封された食料品がかもし出す何とも言えない匂いと、糞尿そして獣臭さ。

帰って来て早々、涙がでるほど凹みました。

しかし放置するわけにもいかず、黙々と片づけた。


被害はうちだけではなく、お二階さんのところにも数日前から現れていたらしい。

なので、トラップを仕掛けていたけど、「殺してしまうには可哀想すぎる」と言って
今まで掛かった3匹のネズミを、リリースしたらしいのだ。

お気持ちはわかりますけど、バカですか??

それが全部うちに来て、あの有様で。

マーはいきり立って、お二階さんのトラップを計四つ争奪してきて、ストックルームと廊下に
仕掛た。

翌日、4匹を見事に捕獲。

そしてその翌日からも1日1匹づつぐらいかかっていて、5日間で8匹、そして今もネズミとりの
箱の中に2匹いるという。(1匹は死んでいる)

どんだけネズミ屋敷なの(泣)

キモすぎる。



こんなに多発するのは初めてだけど、今まで出なかったのが不思議なくらい。
家の中でなんて、見たこともなかったし。

きっと最近住み着いた奴らなんだろうな。


それにしても、いったいどこから入って来てるのか?

穴という穴は全部塞いだと思ってたのに、まだまだいるみたいで。

あんなちっこいやつらにビクビクしながら生活しています。


くり坊君は、捕まったネズミを見ては「tief schlafen」、深く眠っているんだねと言っています。

前に庭で猫が殺めた野ネズミの死骸を見つけた彼に、とっさに私が「寝てるから起こさないで!」
と言ったことがあって、その姿を覚えているんでしょう。

死ぬとか殺すとか、そういうのは子供に何て説明すればいいんだろうかと、そんなことを
考えるきっかけにもなってる今回のネズミ騒動。


願わくばもう出てこないでほしいけど、春だし、繁殖の季節だし、やっぱ数家族いるのかな。

2017年4月22日土曜日

行って来まして、帰ってきました。



ご無沙汰してます。

思い返せば、今年になってからぶり返してる風邪がずーと長引き、体調不良、特に食欲不振
のまま、3月下旬から日本に帰省してました。

とにかく具合が悪く、全然楽しみじゃなくて、日本でも寝込むことになるのかと思いつつも
なんとか回復し、最終的には楽しい滞在になった、、、、かな???

いや、途中で食欲が戻って来て、暴飲暴食の末、一週間ほど激しくお腹を壊したりしてて、
苦しかった。。。

そんなこんなで今回、連絡さえできなかったお友達の皆皆さま、また今度遊んでくださいなー。



東京の桜が満開の時期に帰ったのは、日本を出てきてから初めてかも。

去年は地方を回っていて、近所の見事な桜並木は結局見れなかったからな。

3月下旬は寒かったけど、やはり春の帰省は良かった。

家族でお花見もできたし。

 
井之頭公園。30分並んでボートに乗ったり。

友達が住む多摩市のなんとか公園。

 今回の帰省は、マー先生も一緒だったんだけど、彼は今日本の大学とあるプロジェクトに
取り込んでおり、平日はずっと仕事をしていて、休みは週末のみ。

なので私は、平日くり坊くんと朝から晩までほぼビッシリ一緒にいることになり、正直言って
それがけっこうキツかった。

あのヤンチャ盛りで、もうすぐ3歳時の有り余るエネルギーは、ドイツでは幼稚園で発散してるけど
日本ではほぼ私が受け皿になる。

幼稚園のありがたさが身に染みたというか。

毎朝起きて、彼のパワーを今日はどこに持ってゆこうか、そんな事を考えることから1日が
始まり、目いっぱい遊んで気付いたら一日が終わってる事が多かった。

しかも、毎日朝から晩まで一緒だからか、坊の「ママ好き好き度」が日に日に濃度を増して行き
ついには「パパ嫌い、あっち行け」で、私としか昼寝しない、夜も寝付けない、という状況に
なってしまい、余計に私の時間もなくなってゆき。。。

ちょっとイライラすることも多かったかな。

行きたかったとこ、会いたかった人、やりたかったこと、見たかった映画などいっぱいあったけど、達成率20%ぐらいってとこでしょうか。

次回は50%を目指そうぞ。

君だよ、君。いきなり道のど真ん中で本を読みだしたりして、母困惑。


毎日がホントにダダダダダダーーーーーと過ぎてゆき、あっという間に1カ月が過ぎていった。

写真もろくに撮ることもなく。。。


最後は同じみ、〆のキャンプ。

奥多摩の先の先の高原へ。

ここでもくり坊のママラブ変てこなテンションがコントロール不能になり、みんなには迷惑かけた。

いつからこんななっちゃったんだろう。
これが俗にゆうイヤイヤ期というやつなんだろうな。

想像以上に、ムカつく (笑)

母よ、落ち着け!!

自分に何度も言い聞かせたっけね。(今でもだけど)


ま、くり坊君も色々慣れない状況で、不安やストレスもあったんだろうな。

だから私に全力で甘えてきて、ことあるごとに愛の告白をして、そして困らせる事をわざとして
心を繋ぎ止めておこうと必死だったのではないかと思うのですね。

そんなのも今だけだと思えば、乗り越えられます。


滞在中の色々は、後程ぼちぼち書いてみたいと思います。



さて


水曜に帰国して、高速道路を走ってると、吹雪に見舞われました。

どうなってんだ、ドイツ。

翌朝自宅で久々の朝を迎えると、窓の外には



チューリップに雪が積もり、もうすぐ5月だというのに、薪を運ぶ日々が始まりました。

そんなんでも、やっぱり我が家が一番落ち着くー。

2017年3月9日木曜日

春なのに


3月から活動期に入る予定が、もう3週間ぐらい具合が悪くて、動けていない。

幼稚園でも家庭でも風邪が蔓延していて、防ぎようがないというか。

誰かが治ったと思ったら、また誰か。。。。

いつ終わるんだろう、このスパイラル。


3月になって1週間も経ってるしー。

何もやってない、何も出来て居ない。

焦るーーー 。



そういえば先日、車を買い替えた。

7年間乗っていた前の車は、機能性のみを追求するマーらしく、メーカー、外観に拘らず
「燃費が良く、走って、丈夫で、尚且つ盗まれなければいい」ということで、なんとわざわざ
バンパーの右コーナが陥没している、だけど性能的には全く問題のない事故車を買った。

一度車を盗まれて痛い目にあったことがあるので、過剰防衛 するのは致しかたなく
盗まれない為のオプションで、事故車を選んだとでも言いましょうか。笑

この辺は東ヨーロッパ諸国の自動車ドロボーがよく入り込んで来る地域で、とくにチェコや
ポーランドの窃盗団は、今日もさらっと車を盗んでは、自国へせっせと運んでいる。

とにかく、我が家の愛車はそんな事故車だったのが幸いしてか、無事盗まれず乗り続けることが
できたのだった。

今回買い替えたのは、けっこう急な話だったんだけど、要は私がゴネたのですね。

車を運転出来たら、やっぱ色々便利だし、いつかやらなきゃと思っていたけど、
マニュアル車を運転する自信も、練習する気力もなく、結局買い替えという選択に。

最初は渋々だったマーも、話がそうと決まれば即行動。

1週間後には目星をつけて、話が出た1か月後にはガレージに新しい車が乗り入れられて
いました。

私は車の事は良くわからないし、メーカーに拘りもないし、ましてやいい車に乗るステイタスとか、
私のプライドはそういう所には全くないので、すべてマーにお任せ。

実際納車されるまで、買うと決めた車を見たこともなかった。
車種は知ってたけど、形とか色とか、全く興味がなかった。

買い替えの願いが叶ったというだけで、十分ありがたやだったのだ。

今回の車はドイツ車で、あの有名なMの方じゃなくて、Aの方。

別にその会社のものじゃなくても良かったんだけど、決め手になったのは燃費の良さというだけで、驚きの100km/3.5L。(ドイツではこういう計算)

なかなかいいのでは。

受け取って初めて気づいて、えええーーー!となったことが、2点。

それは、車が4人乗りだったということと、後部座席がフラットにならないということ。

けっこう大切なポイントだったのにな。確認しない方が悪いよね。

車の見た目は、A社のものだけど完全な大衆車。

色もなんだか中途半端でダッサイ感じで、高級感が全くない。

盗まれるリスクが少ないということも重要なので、この辺はポイント高し。

ちょこちょこ買い物に出かけたり乗り出してるけど、やっぱ車があるといいわー。

目標は、この夏ちょっとふらっとプラハまでーー、みたいな一人旅。

出来たらいいなぁ。

2017年2月23日木曜日

癒しの庭仕事


2月も後半。

凍りついた日々も終わりに近づき、春はもうすぐそこまで。

昨日、今日は10℃ぐらいでとても暖かく、小雨が降る中待ち切れず今年初の庭仕事。




毎週水曜日、くり坊くんは義両親がお迎えに行って、そのまま寝る直前まで帰ってこないので
朝幼稚園に送りに行ってからは、丸1日フリータイム。

こういう時、実家が近いとありがたい。

昨日は午前中からバリバリ働くぞと、張り切って庭に向かうと。。。

            


薪が見事に崩れておった。マーが積んだ薪。

こういう二度手間仕事、大嫌いーーー。

雨が降りそうだったので放置も出来ず、また崩して、積みなおして。

1時間はかかったわ。



気を取りなおして、庭仕事。

掃き掃除して、農機具の手入れをして、土を作ったり、新しい花壇を作ったり。

あっという間に夜になっちゃった。

体いっぱい動かして、いい汗かいて、ご飯美味しくて、夜はグッスリ。
腰が痛くて靴下立って履けないけど 笑

大嫌いな二月の、鬱鬱した気分もスッキリ晴れた。

庭仕事は癒しでもあり、心も体もキリッと整う感じ。

私の新年度は3月から、ということで

鳥さんと共に、活動時期に入ります。

2017年2月18日土曜日

奇跡再び


バカ、バカ、バカ、私。

本当に、自分が自分で嫌になる。


電車に乗ってライプツィヒに出かける用事があった木曜の朝。

家を出て1時間以内に起こったことを。

9:00 くり坊くんをバギーに乗せて、自宅を出発。
駅まで20分の道のりを歩いてゆくつもりが、間に合わなさそうだったので、
ちょうど通りかかったバスに乗り、駅にむかう。

9:15 駅に到着。終着駅なので全員降りて、私が最後の乗客だった。
そして、バスから降り10秒後ぐらいに背中が妙に軽いことに気づく。

「リュックがない!!!」 

まさかのリュックまるごと置き忘れ。 冒頭のバカバカの所以。

バスの方を振り返るも、時すでに遅し。


 あと5秒早く気づいてたら間に合ったのに、追いかけるも虚しく、バスは去って行った。


そうだ、電話だ!

でも、電話リュックの中だった。チーン

財布だってもちろん。

終了~~~。

唯一、家の鍵と乗ってきたバスの切符はポッケの中に入っていたので、とりあえず実家に
行こうと、丁度停まっていた発車寸前のバスに飛び乗った。

切符が1時間有効というのが救いだった。

バスの車内で、本当に泣きそうになった。
悔しさと自分のバカさ加減を、言葉にして叫びたかった。

どうしよ、どうしよ、どうしよ。

くり坊君はそんな母を他所に

「電車乗らないの?」
「電車乗りたいよ」

と、訴えかけてくる。

そりゃそうよ。

昨日の夜から、これから向かうはずだった子供の集まりで歌う歌の練習もして、楽しみに
してたのに。

行きのバスでも歌っていたのに。

「ごめんね」しか言えなかった。

ママバカだよね、バカだよねと言って、坊の膝の上に顔を埋めた。

9:35 実家に到着。こんな日に限って義理両親揃って外出中。

9:40  在宅勤務をしている友人のところに駆け込む。事情を説明したら有無も言わず
バス会社に電話してくれる。

しかし、リュックが置き去りにされているであろうバスは、今も街を巡回中で、事務所には
まだ届いていないとのことだった。

12時にもう一度電話してくれといわれるが、彼女が気を効かせて、自宅の電話番号を相手に
伝えてくれ、見つかったら一報入れるように頼んでくれた。

あとは、天にお任せするしかない。

最悪リュックごと誰かに持ちさられたら、戻ってくる望みなどない。

財布にはもちろん、大事なものがもれなく入っている。

それが無くなったら、、、悪用されたら、、、再発行の手間。。。。

震えた。血の気が引いた。

しかし、そこにいても事態は何も変わらないので、家に帰ろうとしたその時、電話が鳴った。

リュック、あったって!!!!

なにこの早すぎる展開!
しかももう事務所に届いているとのこと。

「次の電車間に合う?だったら取りに行っちゃおう!」


ここでもめっちゃ気が効く友人が、仕事そっちのけで車を出してくれて、バス会社にリュックを
取りに行き、その足で駅まで送ってもらった。

10:15 事件発生から1時間後、今度はちゃんと背中にリュックの重みを感じながら
駅の前に立っていた私とクリ坊。

何事もなかったかのように、1時間遅れの電車に乗って無事目的地へと向かったのでした。


これねー、実はドイツで一度やったことがあるんです。(その時の記事

その時は財布だけベンチに置き忘れたんだけど、運よく拾われ、30分後には手元に戻り。

落とし物や忘れ物は良くするんです。(自慢じゃないけど。。。)

だけど、いつもちゃんと戻ってくるから、その出来事が痛手にならず、気が抜けてしまう。


1年ぐらい前には、空港で手荷物のリュックを置き忘れ、坊のオムツを換えようとトイレに
行った時に思いだして。

その間10分ぐらい。

運よく同じ場所に置いてあったけど。

こんな話きりがないのです。

しんどい。。。


今回のこと、考えてみたら私の不手際にそぐわない位、神対応してくれた周りの方々のお陰。

時間帯も午前中で、バスの乗客の9割は病院や買い物へ行くお年寄りだったこと。
誠実なご老人が、すぐさま運転手さんに渡してくれたんでしょうね。

その運転手さんは、多分仕事が終わり営業所に向かい、たまたますぐに事務所に届けられた。
じゃないとこんな早くに届くはずがない。

そしてなんといっても、やりとりしてくれた友人。

私が電話するべきだったんだけど、なんといっても彼女も大焦りで、何から何まで
取り仕切ってくれた。

私はといえば、リュック置いてきただけで、なにもしてないよ。。。

はぁ、不甲斐ない。

この御恩はどこかで返さなければ。


しかし、世の中いい人がいるものです。

と、そこに甘んじるからいけないんだな。

今度こそ、この落とし物の運は使い果たしたと思い、気を張って生活するよう、
こころがけましょう。


2017年2月13日月曜日

泥棒の目印



先日マーが玄関の柱の裏側にある、奇妙な落書きを見つけた。

小さいけどペンでしっかりと書かれていて、こすっても落ちない。

もしかしたら泥棒がつけた目印かもしれないといって、このサインの意味をネットで調べ出した。

そんなんで意味がわかったら、秘密のサインの意味がないじゃないかと思ったりしたけど
とりあえず調べてみた。

ドイツではGaunerzinkenと呼ばれるこの手のサインは、古くは中世から使われているものも
あるらしく、泥棒たちが仲間たちに標的になる家の情報をいち早く伝える秘密の暗号だ。


ポストや玄関先のランプや庭の柵などに書かれていることが多く、その意味合いも様々。

例えば

猛犬がいる
独身女性の家
老人の家
空き家
貧乏な家
仕掛け済
男がいない家

などなど

結局うちに書かれたサインは見つけられなかったけど、見た感じ数字が組み合わさってる点など
なんとも気味の悪く、数日間気が気じゃなかった。

うちは平日中三日は坊と二人っきりだし。

結局近所に住む知り合いの警察管に相談したところ、この町での泥棒被害は実に多いのだけど
こういう類のサインはここでは使われてないとのこと。

それでちょっとは安心できたのだけど。

別の日に、義母に訪ねたところ、「多分業者が測定したときにつけたマークよ」と一言。

そういえばもうすぐ家を取り囲む柵の修復工事が始まるんだけど、それにしてもこのマークは
工事とは全然関係ないところだし。

でも、測定したとすればその業者しか考えられない。

そんなことより、たとえ柱の裏だとしても、あんなにハッキリと油性のペンで印をつけるか?

工事が始まれば明らかになるけど、今のところ泥棒に目を付けられてはいないようで良かった。



日本でも、悪徳訪問業者とかがこういうマーキングをしているらしいよ。

表札とかに変な線とか書いてあったら、要注意。





2017年2月8日水曜日

幼児アトピーの自然療法@ドイツ(治療編)


アトピー界(?)での定説

「帝王切開で出産した子供は、普通分娩で生まれた子供よりもアレルギー疾患にかかりやすい」

というのがあります。

「かかりやすい」と言うだけの話で、全く平気な子もいるでしょう。


アレルギーが出るということは、免疫の働きが完全でないことを意味します。

免疫機能の働きに大いに関係あるのが、腸内細菌。

この細菌というのは、無菌状態の母親の中から出てくる時に、産道を通して赤ちゃん自身に
受け継がれ定着すると言われています。

しかし、産道を通らず生まれた子供は、この細菌を受け取っていないということになります。

それがどうアレルギーと関係があるのか、興味のある方はご自分で調べて頂くとし。。。。

帝王切開で生まれてきた坊のアトピーにも、その細菌云々が原因の一つであると思った
私達。

とにかくその「腸内環境」を重きにおいて、様々な病気の治療を試みているドクターというのが
たまたま近くの街のライプツィヒに診療所をお持ちとのことで、予約を取りつけて
行ってみたのです。

こちらの先生は、とにかく丁寧に診察して下さった。

予約を入れた時点で、自分の身体検査でもするのかというぐらい、自分や家族の病歴、
健康状態を問うアンケート書類が送られてきて、診察当日はそれを元にして、とても細やか
な問診から始まったのでした。

そこの先生はホメオパシーも扱う方だったけど、私は使いたくないとの意思を伝えており
処方されたのは「Bactoflor」 という、腸内細菌のバランスを整える補助食品でした。

食事や飲み物に加えて取り入れる簡単なものですが、効果を信じてこの治療方を試して
みることに。
 
ちなみにドイツでは、帝王切開出産で生まれてきた子供に対し、直ちに腸内環境に有効な
バクテリアを与えてくれる病院もあるらしいです。

それほど、母親から受け継がれる細菌というのは、その後の健康も左右するぐらい重要なもの
なんですね。

もっと高度な治療法では、バランスの良い腸内細菌を持ってる人の便を元に
どうにかこうにかして作ったカプセルをアレルギー患者の腸に注入し、腸内フローラの
バランスを健康なそれに近づけるというのもあるらしく、とても有効なんだとか。

まだまだ一般的ではないけど、研究が進み薬が一般的に出回るようになったりする日が
来るのだろうか、うんちこりんカプセル(笑)

腸がいかに体の中で重要な臓器なのか知れば知るほど、この治療法には可能性を感じますが。


さて

その後、最初に見てもらったのが4月ぐらいで、それから毎日バクテリアを与え続けること
2ヶ月。

それだけが功を奏したとは言い難いですが、でももしそうだったらこれは本当にすごいことだし
こんなに画期的で簡単な治療法だったら、もっと世に広めるべきだと思います。

とにかく、湿疹は日を追うごとに、確実に減ってゆきました。

ジュクジュクした湿疹もだいぶ治まってきたので、軟膏を中止し、痒がったら紅茶ガーゼで
冷やしてあげる、やることと言ったらそれぐらい。

夏になってからは、外の雑菌に触れさせるチャンスとばかりに、天気のいい日は常に丸裸で庭で
遊ばせ、土や芝生の上で日光浴。

汗をかいたら、雨水で洗い流しました。

そして1歳の誕生日の直後、夏休みに2ヶ月ほどキャンピングカーで旅に出ました。

アトピーの治療も兼ねて、最初の2週間は海で過ごす、それも計画の内でした。

移動を続けながらも、ポーランド沿いのバルト海で毎日のように海水浴をし、浜辺て遊んで
いたら、湿疹もみるみるうちに引いてゆきました。

海水ときれいな空気、適度な日光浴がよく効いたんだと思います。

こんな小さな子供にも備わる自然治癒力に、圧倒されました。

旅から帰ってきたころには、貨幣状湿疹の跡はうっすらあったけど、掻きむしる様な湿疹は
全部消えていて、アトピーのことなどすっかり忘れていたほどです。

冬になったらまたぶり返すのかとも思ったけど、肌が乾燥気味なだけで、湿疹は一切見られず。

ひと冬越し、2歳になり、またひと冬越し現在に至るわけですが、アトピーは本当にどこかに
行ってしまいました。

バクテリアは症状が良くなったので3か月程で切り上げたけど、今でも口にする物だけは
気を付けています。

幸い、特定の食べ物にアレルギー反応が出ることもないので、肉、野菜、魚、何でも食べてます。
卵も乳製品もバランスよく取り入れています。

与えていないのは、砂糖ぐらい。(だから痩せているんだと良く言われます)

特に市販のお菓子とかチョコレートなんかは、白砂糖の山なので、腸内環境を健やかに
保つために一切与えてません。

あと、幼稚園で毎日出されるジュースとか給食にも、お砂糖や添加物は入っているので
飲み物とお弁当は持参です。

人のお家に行ったり、外食する時はみんなと同じものを食べますが、せめて3歳になるまでは
なるべく無糖、無添加に拘りたいと思ってます。

食育は親の務めだし、三つ子の魂百までというなら、三歳までに作り上げる体や、あと味覚
なんかも大事だと自分は思っているので。



原因を特定できないアトピーは、ホントに一筋縄ではいかない厄介な病気です。

私が息子にしたことも、万人に効くとは限らないし、効いたとしても治りの具合やスピードも
人それぞれ。

相談を受けたドイツの友人にも、これが絶対にいいからとは、言いきれません。

ただ、ステロイドが効かなくなってしまった子はやはり、一旦は大変な思いをするかもしれないけど
抜いたほうが今後の為だとは言っておきました。


私自身、もしまた坊にアトピーが出ても、もしくは私に出たとしても、怖くはありません。
むしろ体から何かしらのサインだと思い、真摯に受け止めます。

自然治癒の力を信じ、それが誰にでも備わっていると知っていることほど、心強いものは
ありません。

ということで、これは持論にすぎませんが、行きつくところ必要なのは、経過を見守る時間と辛抱、そして時には余計な事を何もしない勇気といったところでしょうか。

2017年2月7日火曜日

幼児アトピーの自然治療@ドイツ(原因編)


偶然が重なっているのか、はたまた冬の乾燥する時期だからか知らないけど、今年に
入って少なくとも3人の友人から「子供がアトピーになった」という話を聞かされています。

しかも皆3歳を少し超えたぐらいの子供たちで、今までは何ともなかったのにという子までいる。

実はうちの坊も、生後5か月の時にアトピーが発症し、今では何ともないんだけど
あの時の症状を知っている友人達から、何か良いアドバイスはないかと最近よく連絡が
来ています。


前々からずっと書こうと思っていたので、これを機にドイツのアトピー治療と我が家の治療方に
ついて書いてみようと思います。

前置きとして、

私自身にも軽度のアトピーがあり、たまーに出てくる湿疹などに、効き目が弱いステロイド薬で
数十年間症状を抑えて来ました。

思い返せば子供のころからです。

ドイツに移住を決めた事を機に、脱ステロイドを決行。

軽度だったはずなのに、薬を止めたとたん全身壮絶なリバウンド症状に見舞われ、社会生活が
困難になりながらも、1年半ぐらいで何とか克服。

あれから10年以上経ちますが、その後ステロイド剤は一切使用せず。

今はしつこく指湿疹が時々出てくるだけで、それもきっとアトピーの症状なのでしょうが
気にしたりしなかったりで過ごしています。

皮膚疾患に使われるステロイド剤については、散々な目にも遭ってきたけど、結局
コントロールできていなかった自分が悪かっただけで(あと医者も)、必要ならば薬での治療も
短期的には必要だと思ってます。

ここからは坊の話。

彼が生まれて5か月、冬の入り口の差し掛かったころに、背中にポツンと湿疹ができ、
それが全身に広がるまで大して時間はかからなかった。

私はそれまでアトピーの症状が出てこなかった事のほうが不思議だったので、
「ほう、今来たか」と、けっこう冷静な感じで発病を認識しました。

症状としては、背中が湿疹で膿が出てグチュグチュ。
二の腕部分も、小判上の湿疹が多数できていて、アトピー特有の関節の内側や首の湿疹、
耳切れ、乳首までもがただれて、浸出液が常に出てる感じ。

なので着ている服はすぐにベチャベチャになり、なぜか痒がって泣き叫ぶということは余り
なかったのだけど、夜は仰向けになって寝ると背中を布団で擦りはじめ、翌日血の海に
なるので、3か月間ぐらいの間は、自分の胸の上でうつぶせになって寝てもらいました。

今考えると、けっこう大変な時期だったなぁ。

さすがにステロイドの文字が頭に過る時もありました。
 一旦薬で綺麗にしてあげて、それから食事やなんやらで調整してゆこうかと。

でも、この時期まだ母乳しか飲んでなくて、離乳食も怖くて始められなかった。
あと、0歳でもうステロイドを使うということが、何とも恐ろしかった。


こっちのアトピー治療も、とりあえずステロイドから始まるのは聞いていたので、普通の皮膚科の
門は叩かず。

病院に行かないことにも勇気が要ったけど、自分がした時と同じようにとにかく自然に
治るのを信じて見守ることに徹しました。


ドイツには所謂「代替治療」なるものも多く存在しています。

ホメオパシーを始め、民間レベルでの自然療法というのも、とても身近な存在です。

私が住む町にも、自然療法士の診療所がいくつかあります。

ホメオパスのところも、勧められて行ってみました。

だけど、私自身ホメオパシーとの相性が悪いので、結局無駄足だった。
詳細は端折るけど、もうああいうところには2度と行くまいという、酷い体験をしたな。

なかなか良くならない状態が続いたけど、ずーっと続けていたことは以下の4点。

紅茶ガーゼ
モクタール入りの亜鉛華軟膏
塩入浴
イソジン消毒

紅茶ガーゼは、濃いめの紅茶を浸したガーゼを湿疹部分に当てて、パックする方法。
これをやると痒みもおさまり、気持ちよさそうに眠ってしまう程でした。

膿が出てしまってる時は、とびひ防止の為にイソジンの濃縮液で消毒。

その後、モクタール入りの亜鉛華軟膏をジクジクしてるところだけに塗ったり。

モクタールはドイツで「teer」。薬局で買えます。ちなみにすごい臭いです。
亜鉛華軟膏は日本の漢方薬局で購入。
 
浴槽に浸かる入浴は週に1回。
それは今でも変わらずですが、皮脂を守るために石鹸やシャンプーを使わない。
湿疹がひどがった時は、お風呂に塩を入れて入浴してました。


本も色々読みました。

アトピーは原因も症状も人それぞれで、完治する方法というのも確立していません。

ただ、私には確信できることが一つあって、それはアトピーというのは皮膚疾患ではなく
腸内環境のバランスの悪さが原因で、結果皮膚に出てくる病気だということです。

皮膚に薬を塗るという行為は、その場しのぎの対処法にしかならず、根本的な原因を
突き詰めてゆくと、結局のところ内側を見つめなおすしかないんです。

これが自分の治療を経て見出した答えなので、手にする本は食事療法だったり
自然療法に関する本が多かったです。


そして、アトピーと実はとても関係が深い腸内環境や腸内フローラという文字を意識していた
この時期、ちょうど義母もそれに関する本を読んでいて、その本に紹介されていた ドクターの
門を叩くことになったのでした。

治療編に続く

2017年2月5日日曜日

ドイツで手作り米麹(決定版!)


前回に引き続き麹ネタです。

けっこうな頻度で作ったというのもあり、あの成功の感覚が頭の中にあるうちに。

今までで一番うまく醸せた米麹の作り方を、改めてわたくしのマシンと共にご紹介します。

以前にも作り方を乗せたことがあるけど、これがベストオブベストということで
訂正箇所もございます(笑


まず、作りたい味噌の量から、作る米麹の量を割り出すのには
ここのサイトの自動計算システムを利用させてもらってます。


米麹約1kgの作り方


生米を850g、 すすぐ程度に洗ったらたっぷりの水に一晩浸ける。(冬場は10時間)
米をザルにあげて、2、3時間かけてしっかり水を切る。(途中で掻きまわして、ムラなく)

水切りが終わった米全体を、1粒が半分になるぐらい麺棒などで砕く。
(私は深めのオーブントレイに米を広げ、その上から麺棒を転がして米をつぶしてます)

米を蒸す

圧力なべにカップ2杯の水を入れる。
濡らして固く絞ったさらしに米を包み、蒸し器の上に乗せて蒸す。圧が掛かったら弱火にして10分、その後は火を消して自然に圧が抜けるまで待つ。

蒸し上がった米は、芯が残らず、かつ固め。グミのような固さ。

米を蒸してる間に、次の作業工程で必要な物はすべて準備しておく。
種切りするトレイや、保温する場所や温度もちゃんとちゃんと作り込んでおく。


種切り

蒸し上がった米をオーブントレイに広げ、冷ましながら手で米を擦りこみ、揉み込み。
最初少しベタつく感じが、段々パラパラした感じになってくる。

そして米の温度が36℃になったところで、茶こしで万遍なく麹菌を振りかけ、菌が全体に
きちんと行きわたるように手で擦り込む。米が熱すぎると菌が死にます。

麹菌は麹1kgの出来高なら、私は5g使います。素人なので多めに。

引き込み(麹室に米を収める)

濡らして固く絞ったさらしに素早く米を包み、保温場所に収める。
 保温場所は、30℃~32℃、湿度は60%ぐらいを56時間保てるところ。

引き込みから15時間後に、米を容器に収めたままでよいので、軽くかき混ぜてあげる。
(10時間後ぐらいでもいいけど、菌糸の伸びを良くするために18時間ぐらい長く待ってもいいらしい。
 私は間をとって15時間。)

手入れ

引き込みから24時間後には、米をトレイに全部出して、米の温度が下がらないように、
手でシャッフル。30秒ぐらい息を吸わせてあげるように。

そして、素早くまた保温場所に戻す。

最初の手入れから24時間後 、もう一度手入れをする。
この時点では米が白いフワフワ菌糸で覆われてるのが見れる。
米の温度が若干あがってるはず。




もう一度保温場所に戻し、6~8時間保温後、菌が全体に行き渡っているのが確認できたら
トレイに米を出して適当にほぐし、上から布をかぶせて15℃ぐらいの室内で1日乾燥させる。

出来上がった麹は、冷蔵なら3週間保存が効くらしいけど、なるべく早く使いきりましょう。


ポイント

保温する場所は、空気が遮らないようにすること。
だけど、乾燥も大敵なので、適度な湿度も保てるように。

手入れをするのは2回ですが、1日2回ぐらい様子見も兼ねて米の温度を計ってあげる。

特に2回目の手入れ後は米の温度が上がってゆくので、40℃を上回らないために
工夫が必要。40℃以上の状態が30分続くと菌は死んでしまうそうです。



 失敗例

今までいろんな方法で麹を作ってきました。

段ボールに断熱材を張って麹室をつくり、お湯で保温する。
 →温度を調節するのがやはり難しくて、保温しきれず失敗

オーブンの中をランプと予備のお湯ボトルで温め、麹室として利用。
  → 空気を入れる為にドアを少し開けておくと、やはり温度が下がってしまい失敗。

我が家の暖炉上の洞穴
 → 乾燥するのがとても早くて、コメがカラッカラに干からびていた。

ヨーグルトマシーン
 →これも空気の問題で失敗。日本であるものを手に入れれば解決しそう。


温度、湿度、空気。

この三つが麹室の中で安定した状態でないと、失敗するか、出来ても仕上りがイマイチ。



しかし、それらを完全にコントロールしてくれている我が家のマシーンがこちら。

 「Einkochautomat」と呼ばれるものです。
  直径37cm、庫内の高さは30cmほどあります。



ドイツでは主に瓶詰の保存食やジャムなどの煮沸殺菌と脱気の為に使ったり、あとは
大量の温かい飲み物を保温する時などに使います。
クリスマス時期のグリューワインの販売所とかでよく見かけるやつ。

最高100℃までの液体を、1℃1分単位で無限に保温できる優れものです。

温度調整はつまみでちょちょいと、液体の温度もデジタル表示でとてもわかりやすい。

我が家は保存食もジャムもつくるし、しかも麹も納豆もこれにお任せなので、一台何役なのか
というぐらい、使用頻度の高いマシンです。


このマシンでの麹の作り方。

行きついたところがこれです。

 

まず、液体を温めておく機械なので、温度センサーがしっかりかぶる5cmぐらいのところまで
水を入れます。
(温度感知のセンサーが水に浸かってないといけないため)

米の容器と水面は触れてはいけないので、今まではビンとお皿で底上げの土台を作って
その上に容器を置いていたんだけど、どうも空気の回りがいまいちだった。

 そこで、改良を加えたのが上の写真なんだけども、雑貨屋さんで売っていたワイヤーメッシュの
屑籠をそのまま入れて、その中に蒸篭を収める。

2段にする時は、網目に棒を渡してさらなる土台を作り、その上にもう一段。
互いの容器の隙間もこれで確保でき、空気の循環も良くなる。


保温中は若干の蒸気が常に上がっていて蓋に水滴がつくので、厚手のバスタオルをふたに
巻き付け水が落ちるのを防ぎます。

このタオルはけっこうビチョビチョになるので、1日2回取り替えます。

そして一番重要な温度管理。

水温を38~39度に保つと、庫内の温度が32度に保てます。
蓋を少し開けておいても、32度ぐらいです。

湿度は60%よりもけっこう上回る感じでありそうだけど、今のところここでの麹が一番
うまく行ってるので、問題はないんだと思います。

蒸篭で作ったのはこの冬が初めてだったんだけど、やはり陶器やガラスの容器と違い
菌の回り方もとても良い。

仕上がりのころには、蒸篭自体にもびっしり菌が纏わりついています。

というわけで、我が家のベストな麹室のご紹介でしたー。

一度に2キロの麹が仕込めておすすめ❤

2017年1月29日日曜日

失敗した麹で作る甘酒

かれこれこの1が月ぐらいの間で、4回麹を作っている。

1回目は我が家の味噌仕込み用。

4キロ仕込んでおいて、そのうち500グラムは友人にあげる予定のものだった。

4キロって結構な量で、お米を蒸して菌を入れて 保温するまでは完璧だったんだけど
なんと、保温しているマシーンの電源が途中で切れてしまった。

切れたというより、くり坊くんがピコっとスイッチを押して切ってしまったんだと思う。

中の3キロのお米は、前日のフワフワから一転、輝きを失い冷たく横たわっていて。

これってね、想像以上にショックなんです。

朝楽しみにして、様子を見に行くんですよ。

前夜に見たときよりも、もっとフワフワになって、「ああ、生きててくれた!」って、普通なら
ルンルンな1日が始まるんです。

これが、死んでるんだもの。

言葉にならぬ悔さでいっぱいの1日を過ごすことになります。


この麹さんは復活を試みるも、願い空しく、コンポストへと召されまして。


翌週作った2回目の麹は、もう一度3キロ仕込み、無事お味噌のカメに収まりました。


なんだけど、あげる用の麹は渡すタイミングが合わず、とりあえずそれはそれで、
塩麹にした。

で、先々週だったか、 我が家に昨夏から加わった「KAMOSHIKO」というヨーグルトメーカーで
もう一度あげる用の麹を仕込むも、失敗に終わる。

自己流の扱い方が悪かっただけで、これは紛れもなくスバラシイ機械なんですが。


 

今回は実験的な意味合いもあって、自分なりに試行錯誤して望みましたが、だめだったな。
まだまだ研究が必要。

失敗作は匂いは麹そのものなんだけど、べたべたしていてフワモコの菌糸もほとんどついて
おらず。

で、色々しらべた結果、そういう出来の物は発酵を進めて甘酒にするとの情報を得たので
さっそく水を加えて、60℃で10時間。




すると、ドロドロになった甘酒が出来上がっておりました。。。。

が。

わたくし、甘酒が大の苦手でして、味見しても美味しいのか不味いのかもわからない。
人にあげるにしても、あげられる代物なのかもわからない。

ペロッと舐めても、オエって感じで、私はね。 笑

1リットルはできた。

甘酒好きな人には、たまらんのでしょうな。


これはどうにかできないものかと、甘酒のアレンジ法を調べました。

しかし、どれも結局は甘酒の味がするはずということで、作る気も起きず。

結局、家にあった蕪で「べったら漬け」を漬けてみた。

1日たったお味は。。。。。大成功と見た。

今度日本に帰ったとき、乾燥の柚子皮を買って帰ろう。

ベったら漬け X 柚子とかもぉーーー。 




ところで、先週仕込んだ4度目の麹。

こちら、今までにない上物に仕上がったので、満を持してお渡しすることができた。

あげた相手は発酵食品にのめり込んでいるドイツ人なのだが、この麹を使ってひよこ豆の味噌を
作るといっていた。

物々交換ということで、手作りのキムチをもらったんだけど、ドイツ人が作るキムチも
なかなか乙なものだった。



そんなこんなで、醸しの冬。

明日もまた納豆を仕込みます。

2017年1月23日月曜日

クロスカントリー@チューリンゲンの森



昨日突然思い立って、クロスカントリーに出かけようということになり
マーの従兄が住むチューリンゲン州にある森の町へ。

起伏に富んだ土地に森が広がるこの地域は、日本のような山登りスポットこそないものの
従兄が住む町のように海抜800mともなれば、雪はけっこう降り積もるわけで。

今年は例年に比べて少ないと言っていたけど、私からしてみたら豪雪地帯です。


坊やんはまだまだスキーは履けないので、たまにパパに背負い子で担がれ、たまにソリ。
全部で8キロの短いコースだったけど、ちびっ子連れには丁度良かった。




とても天気のよい日で、雪遊び日和にもかかわらず、森ですれ違った人は数人のみ。

ここは相当な穴場と見た。

こんなところに住んでいる従兄がうらやましいわ。

そんな昨日と打って変わって、本日朝の気温が-12℃。

寒いというか、痛い。

2017年1月21日土曜日

150年前の手紙


近所のおじさんがまた日本の本を持ってきた。

私が住む町出身で、明治の時代に皇族のお雇い医師だったドイツ人の話。
親愛なる母上に送り続けた手紙が延々と訳されているんだけど、彼がアメリカから出した
手紙の中に、

「トマトが大きな役割を果たしている香辛料が何にでもかかっているのが、耐えられません」

と綴ってあった。

ケチャップがキライだとシンプルに書けない教養の高さが!笑

150年前からすでにある、ジャンクフード文化にゲッソリのショイベさん。

その時代の日本の食文化にも触れており、表現の仕方がとてもおもしろくてナゾナゾを
しているみたい。

もっとおもしろかったのが、ケーキのようなパイ菓子の中にあらかじめ焦げないように湿らせた
雀ぐらいの大きさの鳥が焼き込まれていて 、パイを切ると中から1ダースほどの生きた鳥たちが
飛びだしてくるという料理。

「飛び出てきた鳥たちのかわいいこと。。。」

さらりと書いてあるけど、かなり残酷だぞ。


今では考えられないけど、そんなことがこの時代では、外国の来賓をもてなす最高級の
料理だったわけですね。


どんな料理なんだろうか、気になる気になる。

2017年1月16日月曜日

10年ひとむかし


トップ画像を変えてみました。
シベリアで良く見かけた、幸せの青い窓枠(と勝手に今名付けた)


撮りためている写真を整理するのに、昔の外付けハードディスクを開けて見たら
懐かしい写真の数々。

10年前って、昨日のようだけど、やっぱ10年も前だったんだな。。。。色々思い返す。


当時本当に良く山登りをしていて、山の写真が沢山ある。

10年前の秋には、マーと二人で世界遺産になったばっかりの知床半島に向かった。

仕事で北海道に数日滞在していたマーを追いかけて、私は飛行機で札幌まで行き
それからレンタカーで知床へ向かったんだった。

4日間ほとんど人に会うこともなく、いやでもクマには会って少し怖い思いをしながら
縦走を終え、翌日から違う山に入るというマーを置いて、また一人で東京に戻った。

山登りだけをしに、わざわざ北海道に飛行機で向かうなんて、今からだと考えられぬほど
フットワークが軽かったなと。







 これは赤岳。

雲海から望む富士を見たとき、富士山は登る山ではないなと思った。
登るより、遠くの山の高いところからの富士山見たさに、周辺の山も けっこう攻めたっけ。


2日間の登山を終え東京に戻り、連れの韓国人の友達と韓国カラオケバーに行き
気づくと朝で、仮眠して仕事に向かった。

あのころのスタミナ、今はないなー。

 31歳だったあの頃。

人生の中で一番アクティブな時期で、一番ポジティブで、ものすごい゙開けている゛人だったと、
自分でも思う。

山に登るようなことが徐々に好きになり、交友関係も変わってゆき、人生観も変わって行った
そんな時だった。

そして「東京から出たい」と思っていたのもこの時期で、結果色々な導きにより最終的には
日本から出てゆくことになった。

右往左往、浮いて沈んで日々が連なり、10年経って今に至り。


次の10年後に今日の日を振り返って、私は何を思うのかな?

なんだかこの頃、落ち着きすぎて、馴染み過ぎて、色んな事がぼんやりぼやけてきた。

何かしたい、何かやらなきゃと。

何だろうね。

2017年1月10日火曜日

おしゃぶり卒業式


かれこれもう去年になる、クリスマスの話し。

どんなプレゼントよりも嬉しかったことがあって。


我が家の坊はちょうど2歳半をむかえた所。

なんですが、お恥ずかしい話?おしゃぶりがまだまだ手離せない時がありまして。

日本ではビックリするほどおしゃぶりっ子を見ないんだけど、こちらではまぁ3歳ぐらいまでは
無理してやめさせる必要はないでしょう、という感じ。

それでも4歳5歳ぐらいになってまでチュパチュパしてる子をたまに見かけるたびに、
うちもそろそろ止めさせてあげなくてはと思っていて。

ほんの数週間前まで、彼がおしゃぶりを必要とする時というのは、寝る時と、どうしても
機嫌が悪い朝とか、昼寝から起きた直後とか。

幼稚園での昼寝の時は、先生方の魔法のお陰で 「なし」でも寝られるようには
なっていたので、チャンス到来とばかりに、機会をねらっていました。

そして

「恥ずかしいよ」「赤ちゃんみたい」(彼はこれを言われるのがキライ)とか、なんとなくおしゃぶりを
「もう手放さなきゃいけないものなんだ」ということを ちょいちょい刷り込んでおくこと半年。

最終的には「自宅で寝るときだけの物」、というところまでやっと来れて。



で、このほど

「サンタクロース」を利用して、一か八かの最後の仕上げ。


「24日サンタさんがやって来てね、君にプレゼントを持ってくるよ。
サンタさんは君よりもっともっと小さくて、いつもエンエンって泣いてる赤ちゃんに
おしゃぶりをプレゼントしたくて、集めてるんだって。
だからプレゼントもらう代わりに、君のやつをあげてちょうだいね?できるかな?」

ということを、クリスマスの1週間ぐらい前に話しておく。

そして、それから毎日

「あと何日でサンタさん来るね。ミンミ(おしゃぶりの事)あげようね。」

というのを何気に耳に入るように、何度か繰り返す。



クリスマス当日、プレゼント交換の時間。実家にて。

いつもなら与えないけど、この日が最後ということで、おしゃぶりをくわえて遊んでいる最中
出張サンタさん登場。(近所のおじいさん)

この「おしゃぶり卒業儀式」は事前に打ち合わせ済みで、サンタさんが坊にプレゼントを
渡す番になり、彼に手紙が読み渡された。

「君はたくさんおしゃぶりを持っているそうだね。他のいつも泣いてる赤ちゃんたちに
あげてくれないかい?」

それを聞いた瞬間に、自らおしゃぶりを口元からはずし、サンタさんに手渡した!

渡したこともそうだけど、言ってることちゃんと分かってるということにも感動してしまった。

その瞬間から、1度もおしゃぶりを口にしてない彼。

最初の2日ぐらいはやはり寝るときに「ミンミーー」といって愚図ったけど、そのたびに
サンタさんが持って行ったことを説明すると、次第に理解しゆき、今では記憶の彼方遠くの
存在になったみたい。


 先日遊びに来ていた1つ年上の男の子も、おむつは取れてるけどおしゃぶりは手放せなくて、
それを見ても反応せずだった。

言ってしまえばイヤラシイ話なのかもしれない。
ひと芝居仕込んだわけだけど、プレゼントと交換に自分の大事な物渡せなんて、何も知らないのを
いいことに、あの渡した瞬間の表情を思いだすと、ちょっとだけ胸が痛む。

だけど結果オーライということで。

何よりも、無理やり取り上げてとかではなく、自発的に手放すことができてよかったな。

本人も納得のご様子で。

ミンミなんていらないもーーーーーーん。

2017年1月5日木曜日

困ったもらいもの


友達からよく子供服のおさがりを頂くんだけど、今日開けた袋の中身はもう、ニヤニヤが
止まらない。

人に物をあげるにも、性格、お国柄が出る??

いや、それは関係ないか。

あの人が特別なだけだ。

良く会うフランス人の彼女は、すっごくチャキチャキサバサバしてる、私の大好きな
友人の一人。

表現できないほど突拍子もないこともたまにするんだけど、語学堪能、頭脳明晰、バカが付くほど
社交的で、エネルギーに満ち溢れているそんな彼女を私は尊敬すらしている。

なんだけど、どこまでも自分の道を突き進む彼女は、いつも靴下がチグハグで。

そんな小さいことを気にする人じゃないのは分かってるけど、私はいつも見てしまう。

「あ、やっぱ今日もちがう。」

疑問に思う方が間違ってるのも、分かっている。

だけど、色違いはもちろん、素材違い、厚さ違い、長さ違いの靴下を履いててよく平気だなーと
感心してしまうのは私だけだろうか?

彼女がダメとか言ってるのではなく、私は絶対に無理。

けっこういい加減な方だけど、そこはどうしても気持ち悪くなる領域だと思う。

彼女の家族のもとに、両方揃った靴下など、きっとない。

実際、旦那と息子もけっこうな確率でチグハグなのを私は知っている。

むしろ揃ってるのを見たとき、おおおおーってなる。



で、今日開けたお下がりの袋の中身。

ズボンやらジャケットやら使えるものがたくさん入っていた。

そして、下の方にあった靴下の塊。

そういえば、「靴下はペアでまとめてないからー」って言ってたっけ。

「ペアで持ってるのあるの?」と一応突っ込んでおいてけど。

知ってたよ、知ってたけどね、もー笑いが止まらなかったですね。

20足以上の片足ソックス。(大人用のも1足混じってた笑)


 奇跡的に4組程ペアのものがあったけど、どれも小さすぎ。

どういう基準でこれをうちに持ってこようと思ったのか、想像するだけで笑える。

多分彼女の中では、靴下はチグハグというのが常識なんだろうな。

前回の袋の中には、女の子用のかわいいパンティーがわっさーっと入っていて、きっと彼女の
息子はそれを履いていたんだろうか?

ありえる。

すごい、やっぱちょっとぶっ飛んでるわ。



ちなみに、日本人のママさんたちから回ってくるおさがりは、もうそれこそ国民性が滲み出ている
というか、洗濯は絶対してあるし、きちんと畳んである。
タダで頂くのが申し訳ないと思うほど、きちんとしている。

アイロンが掛かっていたときもあったっけ。

ドイツ人もきちんとしてるので、アイテム別に分けてあったり、あとは好みを察してあらかじめ
ピックして持ってきてくれる人もいるし。

ま、私はべつにどうせ一度広げて見るし、水にも通すのでそこまでかっちりしてなくても
いいけど、靴下片っぽは、ちょっとこまるんだよなー。

でも捨てるのもなんだし。

掃除用に回せばいっか。

2017年1月3日火曜日

またしても新聞の間違い

「リースリング」と言わされ、パチリ。いつもこれ。

日本語講師の件でインタビューされ、年末にドイツ某新聞のローカル欄にデカデカと記事が出てた。

数日前から、「見たよー見たよー」と、いろんな所で声がかかってたんだけど

新聞をとってないので見ることもできず、今日誰かがフェイスブックで掲載していたのを

きっかけに、初めて記事のあるサイトに辿り着いた。

 

掲載されていたのはまさかの、カメラマンが授業中勝手に来て撮っていった写真だった。

どスッピンもいいところだったので、ぼやかし加工で自主規制しときます。笑
 

この新聞、かれこれ3度ほど載ったことがあるけど、いつも何処かが間違っている。

 前回は私の名前の漢字の意味を「小さな古い家」と訳された。 

美しい古い都でも、失笑されますが。
 

分かってねーなぁ、ドイツ人。

今回はわざわざ新聞社に出向き、1時間ぐらい1対1での本格的なインタビューで

記者の人もメモを取りながらだった。

 

なのに。

「、、、と、この2児の母は言ったのだった。」

みたいなくだり。


なんですとーーーー!!!!

早くも近所で、KOTOMIに隠し子騒動が。

実家にも電話が掛かってきたっちゅーの。

それは、先日クリスマスの時に依頼したサンタさんからで、

「もう一人の子は日本にいるのかい???」

だって。

そりゃそうだよね、クリスマスの大事な日に子供が揃わないはずないものね。

誰が悪い?

あの記者が悪い。

 ドイツ語で、1と2ぐらい間違わずに言えるわい。

つーか、そこを盛ってどうするっていう話で。

新聞なんぞ、信じたらいかん。

2017年1月1日日曜日

あけましておめでとうございます。


1月1日。

正月気分がまったくないこちらドイツから、新年のご挨拶をば。

このブログを読んでくださってる方、コメントやメッセージをくれる方々、いつもありがとう
ございます。

 今年も気まぐれ更新のブログですが、どうぞよろしくお願いします。


クリスマスがあっという間にやって来て、ダダダーーーーとこの1週間何をしていたんだか。
ゆっくり過ごそうと思って、特に予定は入れてなかったんだけど、結局お客さんが多い
年末となった。

今朝なんか、昨日から滞在している友達の友達が何故かライプチヒから遊びにやってきて
起きたら知らない人がいた状態 (笑)

ま、こっちではそんなに特別な日じゃないので、日曜で天気がよかったら来たとか、そんな
感じで。

ゆるりと年が明けました。


今年はやりたいことや挑戦したい事が沢山あります。

また新たな気持ちで、この1年を始めたいと思ってます。

とりあえず心残りだった、昨年の「日本車中泊の旅」の旅日記を一昨日完結させました。
  http://j-2-g-nihongo.blogspot.de/

良かったら覗いてみてください。



明日からは、ダイエットだな。

もう、この年末食べ過ぎ飲み過ぎで、体が重くて重くて。

幼稚園も会社も明日からは通常通りですが、私はこれからガキ使スペシャルを見て
日本の晦日モードに逆戻りしたいと思います。