2016年11月23日水曜日

土鍋愛


先週はまた近所の学校で寿司コースをやって、5キロ米を炊いた。

というネタの為に写真をとったんだけど、今日は私が集めてる土鍋について書こうかな。

たまたま良く写ってたので。 笑





こちら、キッチンシンクの上の棚は、もともとは土鍋のコーナーなんかではなかったんだけど
次第に集まってきてしまい、こんな風になってしまった。

左から
マルセイユのタジン鍋
モロッコのタジン鍋
イランのディジー
日本萬古焼の鍋
イラン 石のディジー
炊飯用の土鍋


旅は車ですることが多いので、その殆どが現地で調達してきたものだ。

車旅の利点はこういうところで、普通は持って帰ってこれない物を連れて帰ることができる。
調理器具とか、カーペットとか、カゴ類とか。

モロッコのタジンは、そのまんまだけどタジン鍋を作る時に使う。
大きいのはお客さんが来たら良く使うし、家族3人には小さい方で十分。
冬はかなりの頻度で使います。

ディジーはイランのツボ鍋で、連れて帰ってきた当初はこれで数時間お肉を煮込んだり
してたんだけど、ヒビが入ってしまった。
あとでイラン人の知人に聞くと、これは直火にはかけちゃいけないらしく、それからはあまり
使わなくなってしまった。

うん、確かに。

イランでもそういう使い方はしてなかったけど、なんとなく「ツボで肉をコトコトなんて素敵!」
という、勝手な思い込みだけで使用してしまい、激しく後悔。

大きい方のディジーはサワー種のパンを焼くときに、酵母の下ごしらえの際に使う。
 大きさが丁度いいのだ。

日本の鍋は、実は今年の春にした車中泊の旅の途中で、愛媛県で見つけたもの。

中古厨房機器や調理器具、食器をあつかう「Tenpos」という店に雨宿りがてら入ったら
お宝満載で、この鍋も500円ぐらいで買ったもの。もちろん中古で。
重箱とか食器もここで色々買ったりしたなー。

その隣の石のディジーは、ドイツに住むイラン人の知り合いから貰ったもの。
こっちはちゃんと直火で料理できます。

石をくり抜いて削って出来てるので相当重いけど、これでなら長時間肉を煮込めます。



一番右の土鍋は、一番使用頻度が高い米炊き土鍋。

うちはお米は「ゆめにしき」という、イタリアで作られているコシヒカリを食べているんだけど
そこそこのお米でも、土鍋で炊けば言うことなしです。

さめても美味しいし、慣れてしまえば米炊き作業もなんのその。


ああ、土鍋LOVE。

こう並んでる姿のなんて可愛らしいこと。

世の女性たちがルクルーゼだのストウブだのイッタラだの買い集めて、棚に並べて大満足、
その気持ちが分かりますとも。

物は違えど、思いは一緒。

ま、こっちは総額1万円ってところだけど 笑

イランのディジーなんて、100個積まないとルクルーゼ買えないんだゼ!Hahaha😁

2016年11月7日月曜日

230年前の本


先週の金曜日に、私がやっている日本語講座の教室に一人のおじさんが入ってきた。

彼はいかにも古そうな日本の本を手にしていて、それが何なのか聞くためにわざわざ
出向いてきたらしい。

状態は良いとは言い難いその本を開いてみると、文章と絵で構成されている何かの
図集のようなものだった。

そして最後のページを見ると、そこには寛政元年三月に出来と記されていて、その時代の
ものだということが分かった。

寛政っていつ??

さっそくコースきってのアニオタ青年がサクサク調べだすと、それが1789年だということが
判明。

聞くと、その本はこのおじさんが昔知り合いからもらったもので、その知り合いというのは
明治の時代に日本に住んでいた医師からこの本を頂いたらしい。

明治の時代からしても、この寛政元年発行の本はその時点で大分古いもので、

「こんなに汚いし、もしかしたらゴミ箱行きの本かもしれないけどー」

なんて最初は言ってたおじさんの顔が、本の古さを知ってマジ顔になった。

とりあえず家に持ちかえって調べてみますと言って、いったん預かることに。




するとそれはやはり寛政元年に発行された当時の百科事典みたいなもので、21シリーズ
あるうちの最後の巻だということが判明。

日本では大学や国立の図書館に保存されていることが多く、希少価値が高いものだと
いうことも分かった。

なんでこんなものを、この町のおじさんが持っているんだろうか。




 おじさんからはその日のうちにダダダーとメールが5通程届き、この本を日本に持ち帰った
というドイツ人医師の資料がズラーっと添付されていた。

その医師というのは私が住んでいるこの町の出で、明治の時代に皇族のお抱え医師として
日本で長いこと暮らしていたらしい。

現在の京都医大の創立にも携った人物で、なぜかアイヌ文化の研究もしていたらしく
日本を引き上げてドイツに帰国する際、資料としてアイヌの民族衣装や生活用品の数々を
持ち帰ってきた。

そしてそれは後にライプチヒの博物館へ寄贈され、今でも展示してあるとのことだった。


私的にはそっちのほうが興味あるんですけどーーー。


ということで、先週早速むかったのはライプチヒのグラッシー博物館。
行ったのが第一水曜だったんだけど、毎月この日は入場料タダということで得した気分♪

ここには民俗資料館も併設していて、なんとその広さ4200㎡

とにかく世界各国の民族衣装や伝統工芸品などが、これでもかというぐらい展示してある。

なんで私ここに来たことがなかったんだろう。。。
こんな面白い博物館は久しぶりだった。

時間がなかったので全館は見て回れなかったけど、今度またゆっくり来ようと思う。

で、アイヌ民族の展示品。

ドドーンと展示してありました。


 アイヌ文化については、日本にいた頃うっすらと興味を持ったことがあるんだけど、ここでまた
こんなものが見れるとは思っても見なかった。

そして、その昔どこかでなくしてしまったアイヌ模様のアクセサリー、めちゃくちゃ気に入ってた
やつなんだけど、悔しさが舞い戻って来て、取り戻したくて仕方ない。

こんど日本に帰ったとき、買いなおそうかな。

そんなこんなで、最近密かに一人アイヌブームというか、なんてったってその本を持ってきて
くれたおじさんは、昔のアイヌの研究資料なんかも受け取ってるらしく、これはもうお家にお招き
するしかないと思っている。

どんなものが出てくるのか楽しみで仕方がない。

2016年11月2日水曜日

ネンネトレーニングと持論


くり坊くん2歳4ヶ月。

赤子からこんなになっちゃう時の早さに切なくなります。

これまでの育児、その時その時で大変なこともあったかもしれないけど忘れちゃった。

きっと母親というのは、明日の育児も頑張ってできるように、大変なことは忘れるように
できているのではないかと思ったりもします。

幼稚園に通いだしてから3か月。
最初は午前中の3時間だけ預かってもらい、食事とお昼寝はお家でというリズムで過ごしました。

1か月程前からは、お弁当をもたせて昼寝もしてもらい、朝の8時から午後2時までの6時間
幼稚園で過ごしています。

私は大分自分の時間が取れるようになり、やっとやっと、ひと段落着いた感じです。

幼稚園に通いだしてからは、個性が一段と強調されてきていて、集団行動を通して見る
我が子の成長っぷりにも目を見張るものがあります。

言葉、表情、知能、身体能力。

毎日毎日新しい何かを吸収してハツラツと帰ってくる姿は、今ならではの可愛さというか
とにかく、毎日くり坊君を見てるのが楽しくて仕方ないです。


ま、溺愛ぶりはこれくらいにしておいて。。。。


成長の証の一つとして、我が子のネンネ事情をご紹介。

ドイツでは、他の欧米諸国同様、子供は小さいうちから一人で寝かせるというのが一般的です。

どのくらいからかは各家庭によってまちまちだけど、我が家は1歳ぐらいの時からは
もう一人で寝かせろと、口すっぱく言われたものです。

理由は子供の自立心を育むためだとか、親も自由な時間が必要だからとか。

まあ、私は添い寝文化の日本から来た人だし、そもそも一人で寝かせることだけで
自立心など育つわけがないと思っていたので、聞いたふりだけしてました。

くり坊はタイプ的に言うと、入眠まで時間が掛かるけど、寝てしまえば朝まで起きない子。
大変なのは寝かしつけることだけでした。

ベットに入って1時間ぐらいでようやく寝付く感じ。

その間私はその後待っている自分時間の為に、目を閉じずに必死で色々考え事をしながら
布団から出られる時を待つのです。

イライラする時もありました。

だけどようやく呼吸が深くなってきて、完全に寝に落ちた瞬間の寝息を聞くことは
1日を終える儀式のようでもありました。

時間がかかるのは仕方ないけど、くり坊くんの安心感を優先に。
それを苦に思ったことは、不思議とありませんでした。

これに耐えられなかったのが、マークス。

添い寝することを時間の無駄とまでは言わないけれど、長い時間をかけて寝かしつけた後
イライラしてる感じが犇々と伝わってくる。

「やっぱ一人で寝かせるべきだ」

そう言うもんだから、いわゆるネンネトレーニングをしたこともありました。

一緒に布団に入って、泣いても叫んでも5分で出てきて、10分泣かせてまたベットに戻り
また5分で出てきて。。。。というのをくりかえしてくうちに、そのうち一人で寝るようになる
というやつ。

この子の為にと心を鬼にしてやっていたのはマーだけで、私はどうしても気が乗らなかった。

だけど、一人で寝てくれたらなー、という思いもあったので何回かやってみたけど、結局
私の心が折れそうだったので、やめることにしました。

それはある日の夜、泣き叫んでないと思って様子を見に行くと、真っ暗な部屋のドアの前で
スリッパを両手に持って、無言で立っていた坊の姿を見たとき。

こんなことをするのに、なんのメリットもないと心の底から怒りみたいなものが込み上げてきたのを
覚えています。

将来自立した人間になる為だかなんだか知らないが、そのために今からするトレーニングで
今まで築いてきた信頼関係が崩れる方がよっぽど恐ろしいと思った。

寝るときだけだとは言え、泣き叫んでも来てくれない親をどう思うか?
子供の心で考えれば答えは簡単。

寂しいに決まってる。

だったらつべこべ言わずに、ただそばに居てあげればいいじゃない。


トレーニングなんて大人の都合、大人の要望でしかない。

それに今だけだよ、ママー、パパーって泣き叫んでくれるのも。

あと数年したら、抱っこもさせてもらえなくなるし、一人で寝るからあっち行ってとか言われる日が
必ず来る。

それが分かっているのに、なぜそんなに急ぐ必要があるのか。

私がそれをマーに必死で説くと、彼も分かってくれたようで、それからというもの添い寝を
喜んでするようになった。

一方、マーの両親やオマからは、まだ一人で寝ないのかと度々聞かれることがあったけど
一度切れ気味に自分の意見を述べてシーンとなって以来、話題に上がることはなくなった。

住宅事情もあるけど、日本の赤ちゃんや子供たちなんて、みーんな親と寝てるって。
でも、みんなちゃんと大人になってるでしょう!

なので私的には「自立心を育む説」却下!!!!

いいじゃん、最初の数年ぐらい子供に振り回されて、自分の時間が無くなったって。
この時間というのは二度と戻ってこないんだから。


ところでくり坊君のネンネ事情。

ここ1週間程前からどういう訳か、もう一人で寝るようになった。

布団に入って本を読んで、電気を消して3分。
「ちょっとトイレ行ってくるね」と言うと、すかさず「Ja.warten!」(うん、待ってる)と言う坊。

私はそのまま部屋を出て、終了ーーー。

もう寝ているのか、一人で寝ようとしてるのかは分からないけど、泣いてないので
戻る必要もない。

おやすみと言って部屋を出ようとすると、多分泣く。

だけど「待っててね」とは言ってないから、嘘はついてないよね。

 さっきなんて、電気消したら「Augen zu....」(目を閉じてー)とか言っちゃって。
幼稚園でのお昼寝の経験がものをいってるんだな、きっと。


こういう日が何の前触れもなく突然やってくるんだから。


子供のこういう自発的な行動をどこまでも尊重してあげれば、自立心なんてものは
親が導かずとも、勝手に育くまれるものなんだろうなと、日々わが子を見ていて思うのです。

うれしいけど、反面母は寂しくてしょうがない。

寂しいから、今日もこっそり坊の布団にもぐり込んでしまおーっと。