2016年12月17日土曜日

メタがキタ。



何か月か前に東京の友達から送られてきた映像が、ジワジワジワジワ来て、今最高潮に。

METAFIVE!



遅い??


 豪華メンツというのが話題になってるみたいだけど。



そもそも私YMOなんてライディーンぐらいしか知らないし、フリッパーズとか渋谷系と言われた

音楽が超嫌いだったし、電気グルーブは中学生の時好きだったけど、Dee Liteはあの頃

お約束だったけれども。



Zazenは好きだけど、Kimonosは聞いたことなくて、ボーカルのLeo今井はそこの人だったとは

これはこれで異色で斬新。



ピコピコした音楽があまり得意ではなかったので、このメンツで!!という驚きはないけど

このバンドのサウンドはドツボにハマった。



今年最後のキターーーー、というやつ。



麹を作りながら、ケミコー、ケミコーって。笑



たのしーーー!

2016年12月1日木曜日

町を揺るがすクリスタル事情


物騒な話題なんだけども、最近この辺りでは「クリスタル」というドラッグが流行っている。
日本でいうとこの、覚せい剤。

最近に始まった話ではないんだけど、ここ2、3年で常用者も確実に増えて、それにまつわる
犯罪も多発している。

この辺ではチェコ経由で入ってくるものが多いらしく、道端で簡単に手に入るらしい。

うちから歩いて2、3分のとこの裏通りなんて、映画に出て来そうな雰囲気の売人ストリートだし。


 大抵中毒になってる人は、見なり人なりもそれなりという感じで、一発で薬中と分かる人もいる。

白昼堂々フラフラ歩いていて、なんで捕まらないのか不思議に思う。

仕事もしてなくて、なんであんな高価な薬に手が出せるんだろうか。(ドイツでは1グラム80ユーロ前後)

この町で、泥棒や車上荒らしが多発するのにも関係している気がする。

クリスタルは1度か2度やってしまったら依存症になる可能性が高い、危険極まりない
最悪なドラッグだと言う。

簡単に手に入り、簡単に中毒。
しかも抜け出すのも困難を極めるらしい。

知り合いの元彼女も、また別の知り合いの元奥さんも、別れが原因からか、このクリスタルに
手を出してしまい、もうどうにもこうにもならない状態らしい。

友達夫婦は、重度のクリスタル中毒の母親から生まれた子を二人引き取って、自分の子
として育てている。

妊娠中も常習していた為、その赤ちゃんも生まれてきた時点で重度のクリスタル中毒。

そんな話ってある???

この世に生まれてきて最初にすることが、体から薬物を抜くことだなんて。

書いてるだけで身震いしてくる。 吐き気がしてくる。

もちろんそんな状態で子育てなどできるわけがなく、結局は児童相談所のようなところに
生後数か月で保護されるパターンが多いのだそうで。

こういう子が後を絶たないらしく、だから友達のとこにもすぐに2人目がやってきた訳で。

他にもこれ関連の話は日常的に 耳にするぐらい、悪い意味でとても身近なクリスタル。



先週の事。

この辺りでは結構話題になっていたんだけど、ドイツの麻薬密売組織の関係者が
一斉に捕まったという事件があり。

どうやらオーストリア、チェコ、そしてドイツの3か国の警察が水面下で協力しあって
一斉に襲撃をかけたらしい。

そこで抑えられたアジトもこの町にあったりして、ああ物騒だことなんて言って居た矢先に。

なんとうちの二件先のピザ屋と、すぐ近くのレンタカー屋さんにもガサ入れが入ったとの情報が!



ピザ屋のオーナーなんて、会えば挨拶する程度だけど、とても感じのいい人。

だけど裏の顔ってあるらしく。

ピザ屋で密売だなんて、映画みたいな話じゃない。

なんか裏メニューとかあって、それを頼めばクスリがついてくるとか?
いや、そんなメンドクサイことしなくても、この辺では普通に買えるか。。。とか。

色々憶測が過るけど、火のない場所に煙は立たずで、やはり店にガサ入れが入るということは
きっとそういうことなんだろうな。

こうやって、多分うちの町の売人とかも捕まってるんだろうけど、こういう問題って、もぐら叩きと
一緒で、叩いても叩いても新しいのがドンドン出てくるようになっているのだ。

製造者や売人は絶対的な悪だけど、薬物中毒者というのは欧米では「犠牲者」という認識が
強いため、あからさまに使用してる人が いたとしても、そう簡単には捕まらないのが現状らしい。

そのかわり更生施設の一般認知度は高く、私がやったドイツのインテグレーションのテストで
「もし自分や知人が薬物に溺れてしまったら行くところは何処?」という問題があったぐらい
こういう問題はドイツ人にとっては身近なんだと思う。

知り合いの家族も、当時20代だった長男が薬物依存症になってしまい、家族全員で協力して
数年がかりで更生させたという話を、涙ながらに語ってくれたことがある。

ここにも薬物常習者は「犯罪者」ではなく「被害者」という意識が取って見える。


という考え方の違いはわかるんだけど、どう考えても様子がおかしい人とかは、やはり
見るなり取り調べとかして、捕まえてくれないかなーとも思う。


薬に溺れて人生台無しにする人とか、そんなのは別に知ったこっちゃないけど、
薬欲しさに盗みに走ったり、町の治安が悪くなったり、そういうので二次被害が出てくるのは
ゴメンだ。

今心配なのは、あの一斉逮捕を機に、きっとこの辺のクスリ市場が一時荒れる。

入手困難な状態が続き、どこからか別の売人が入ってきて、飢えている中毒者にきっと
高値で売ることになる。

それに比例して、町の犯罪率も上がるんじゃないかと思う。

薬中の人って、金目のものならボールペン1本取るために車のフロントガラス割ったりと
ホントに何でも盗むんだから。

大げさな話じゃなくて、ホント用心しなければ。

2016年11月23日水曜日

土鍋愛


先週はまた近所の学校で寿司コースをやって、5キロ米を炊いた。

というネタの為に写真をとったんだけど、今日は私が集めてる土鍋について書こうかな。

たまたま良く写ってたので。 笑





こちら、キッチンシンクの上の棚は、もともとは土鍋のコーナーなんかではなかったんだけど
次第に集まってきてしまい、こんな風になってしまった。

左から
マルセイユのタジン鍋
モロッコのタジン鍋
イランのディジー
日本萬古焼の鍋
イラン 石のディジー
炊飯用の土鍋


旅は車ですることが多いので、その殆どが現地で調達してきたものだ。

車旅の利点はこういうところで、普通は持って帰ってこれない物を連れて帰ることができる。
調理器具とか、カーペットとか、カゴ類とか。

モロッコのタジンは、そのまんまだけどタジン鍋を作る時に使う。
大きいのはお客さんが来たら良く使うし、家族3人には小さい方で十分。
冬はかなりの頻度で使います。

ディジーはイランのツボ鍋で、連れて帰ってきた当初はこれで数時間お肉を煮込んだり
してたんだけど、ヒビが入ってしまった。
あとでイラン人の知人に聞くと、これは直火にはかけちゃいけないらしく、それからはあまり
使わなくなってしまった。

うん、確かに。

イランでもそういう使い方はしてなかったけど、なんとなく「ツボで肉をコトコトなんて素敵!」
という、勝手な思い込みだけで使用してしまい、激しく後悔。

大きい方のディジーはサワー種のパンを焼くときに、酵母の下ごしらえの際に使う。
 大きさが丁度いいのだ。

日本の鍋は、実は今年の春にした車中泊の旅の途中で、愛媛県で見つけたもの。

中古厨房機器や調理器具、食器をあつかう「Tenpos」という店に雨宿りがてら入ったら
お宝満載で、この鍋も500円ぐらいで買ったもの。もちろん中古で。
重箱とか食器もここで色々買ったりしたなー。

その隣の石のディジーは、ドイツに住むイラン人の知り合いから貰ったもの。
こっちはちゃんと直火で料理できます。

石をくり抜いて削って出来てるので相当重いけど、これでなら長時間肉を煮込めます。



一番右の土鍋は、一番使用頻度が高い米炊き土鍋。

うちはお米は「ゆめにしき」という、イタリアで作られているコシヒカリを食べているんだけど
そこそこのお米でも、土鍋で炊けば言うことなしです。

さめても美味しいし、慣れてしまえば米炊き作業もなんのその。


ああ、土鍋LOVE。

こう並んでる姿のなんて可愛らしいこと。

世の女性たちがルクルーゼだのストウブだのイッタラだの買い集めて、棚に並べて大満足、
その気持ちが分かりますとも。

物は違えど、思いは一緒。

ま、こっちは総額1万円ってところだけど 笑

イランのディジーなんて、100個積まないとルクルーゼ買えないんだゼ!Hahaha😁

2016年11月7日月曜日

230年前の本


先週の金曜日に、私がやっている日本語講座の教室に一人のおじさんが入ってきた。

彼はいかにも古そうな日本の本を手にしていて、それが何なのか聞くためにわざわざ
出向いてきたらしい。

状態は良いとは言い難いその本を開いてみると、文章と絵で構成されている何かの
図集のようなものだった。

そして最後のページを見ると、そこには寛政元年三月に出来と記されていて、その時代の
ものだということが分かった。

寛政っていつ??

さっそくコースきってのアニオタ青年がサクサク調べだすと、それが1789年だということが
判明。

聞くと、その本はこのおじさんが昔知り合いからもらったもので、その知り合いというのは
明治の時代に日本に住んでいた医師からこの本を頂いたらしい。

明治の時代からしても、この寛政元年発行の本はその時点で大分古いもので、

「こんなに汚いし、もしかしたらゴミ箱行きの本かもしれないけどー」

なんて最初は言ってたおじさんの顔が、本の古さを知ってマジ顔になった。

とりあえず家に持ちかえって調べてみますと言って、いったん預かることに。




するとそれはやはり寛政元年に発行された当時の百科事典みたいなもので、21シリーズ
あるうちの最後の巻だということが判明。

日本では大学や国立の図書館に保存されていることが多く、希少価値が高いものだと
いうことも分かった。

なんでこんなものを、この町のおじさんが持っているんだろうか。




 おじさんからはその日のうちにダダダーとメールが5通程届き、この本を日本に持ち帰った
というドイツ人医師の資料がズラーっと添付されていた。

その医師というのは私が住んでいるこの町の出で、明治の時代に皇族のお抱え医師として
日本で長いこと暮らしていたらしい。

現在の京都医大の創立にも携った人物で、なぜかアイヌ文化の研究もしていたらしく
日本を引き上げてドイツに帰国する際、資料としてアイヌの民族衣装や生活用品の数々を
持ち帰ってきた。

そしてそれは後にライプチヒの博物館へ寄贈され、今でも展示してあるとのことだった。


私的にはそっちのほうが興味あるんですけどーーー。


ということで、先週早速むかったのはライプチヒのグラッシー博物館。
行ったのが第一水曜だったんだけど、毎月この日は入場料タダということで得した気分♪

ここには民俗資料館も併設していて、なんとその広さ4200㎡

とにかく世界各国の民族衣装や伝統工芸品などが、これでもかというぐらい展示してある。

なんで私ここに来たことがなかったんだろう。。。
こんな面白い博物館は久しぶりだった。

時間がなかったので全館は見て回れなかったけど、今度またゆっくり来ようと思う。

で、アイヌ民族の展示品。

ドドーンと展示してありました。


 アイヌ文化については、日本にいた頃うっすらと興味を持ったことがあるんだけど、ここでまた
こんなものが見れるとは思っても見なかった。

そして、その昔どこかでなくしてしまったアイヌ模様のアクセサリー、めちゃくちゃ気に入ってた
やつなんだけど、悔しさが舞い戻って来て、取り戻したくて仕方ない。

こんど日本に帰ったとき、買いなおそうかな。

そんなこんなで、最近密かに一人アイヌブームというか、なんてったってその本を持ってきて
くれたおじさんは、昔のアイヌの研究資料なんかも受け取ってるらしく、これはもうお家にお招き
するしかないと思っている。

どんなものが出てくるのか楽しみで仕方がない。

2016年11月2日水曜日

ネンネトレーニングと持論


くり坊くん2歳4ヶ月。

赤子からこんなになっちゃう時の早さに切なくなります。

これまでの育児、その時その時で大変なこともあったかもしれないけど忘れちゃった。

きっと母親というのは、明日の育児も頑張ってできるように、大変なことは忘れるように
できているのではないかと思ったりもします。

幼稚園に通いだしてから3か月。
最初は午前中の3時間だけ預かってもらい、食事とお昼寝はお家でというリズムで過ごしました。

1か月程前からは、お弁当をもたせて昼寝もしてもらい、朝の8時から午後2時までの6時間
幼稚園で過ごしています。

私は大分自分の時間が取れるようになり、やっとやっと、ひと段落着いた感じです。

幼稚園に通いだしてからは、個性が一段と強調されてきていて、集団行動を通して見る
我が子の成長っぷりにも目を見張るものがあります。

言葉、表情、知能、身体能力。

毎日毎日新しい何かを吸収してハツラツと帰ってくる姿は、今ならではの可愛さというか
とにかく、毎日くり坊君を見てるのが楽しくて仕方ないです。


ま、溺愛ぶりはこれくらいにしておいて。。。。


成長の証の一つとして、我が子のネンネ事情をご紹介。

ドイツでは、他の欧米諸国同様、子供は小さいうちから一人で寝かせるというのが一般的です。

どのくらいからかは各家庭によってまちまちだけど、我が家は1歳ぐらいの時からは
もう一人で寝かせろと、口すっぱく言われたものです。

理由は子供の自立心を育むためだとか、親も自由な時間が必要だからとか。

まあ、私は添い寝文化の日本から来た人だし、そもそも一人で寝かせることだけで
自立心など育つわけがないと思っていたので、聞いたふりだけしてました。

くり坊はタイプ的に言うと、入眠まで時間が掛かるけど、寝てしまえば朝まで起きない子。
大変なのは寝かしつけることだけでした。

ベットに入って1時間ぐらいでようやく寝付く感じ。

その間私はその後待っている自分時間の為に、目を閉じずに必死で色々考え事をしながら
布団から出られる時を待つのです。

イライラする時もありました。

だけどようやく呼吸が深くなってきて、完全に寝に落ちた瞬間の寝息を聞くことは
1日を終える儀式のようでもありました。

時間がかかるのは仕方ないけど、くり坊くんの安心感を優先に。
それを苦に思ったことは、不思議とありませんでした。

これに耐えられなかったのが、マークス。

添い寝することを時間の無駄とまでは言わないけれど、長い時間をかけて寝かしつけた後
イライラしてる感じが犇々と伝わってくる。

「やっぱ一人で寝かせるべきだ」

そう言うもんだから、いわゆるネンネトレーニングをしたこともありました。

一緒に布団に入って、泣いても叫んでも5分で出てきて、10分泣かせてまたベットに戻り
また5分で出てきて。。。。というのをくりかえしてくうちに、そのうち一人で寝るようになる
というやつ。

この子の為にと心を鬼にしてやっていたのはマーだけで、私はどうしても気が乗らなかった。

だけど、一人で寝てくれたらなー、という思いもあったので何回かやってみたけど、結局
私の心が折れそうだったので、やめることにしました。

それはある日の夜、泣き叫んでないと思って様子を見に行くと、真っ暗な部屋のドアの前で
スリッパを両手に持って、無言で立っていた坊の姿を見たとき。

こんなことをするのに、なんのメリットもないと心の底から怒りみたいなものが込み上げてきたのを
覚えています。

将来自立した人間になる為だかなんだか知らないが、そのために今からするトレーニングで
今まで築いてきた信頼関係が崩れる方がよっぽど恐ろしいと思った。

寝るときだけだとは言え、泣き叫んでも来てくれない親をどう思うか?
子供の心で考えれば答えは簡単。

寂しいに決まってる。

だったらつべこべ言わずに、ただそばに居てあげればいいじゃない。


トレーニングなんて大人の都合、大人の要望でしかない。

それに今だけだよ、ママー、パパーって泣き叫んでくれるのも。

あと数年したら、抱っこもさせてもらえなくなるし、一人で寝るからあっち行ってとか言われる日が
必ず来る。

それが分かっているのに、なぜそんなに急ぐ必要があるのか。

私がそれをマーに必死で説くと、彼も分かってくれたようで、それからというもの添い寝を
喜んでするようになった。

一方、マーの両親やオマからは、まだ一人で寝ないのかと度々聞かれることがあったけど
一度切れ気味に自分の意見を述べてシーンとなって以来、話題に上がることはなくなった。

住宅事情もあるけど、日本の赤ちゃんや子供たちなんて、みーんな親と寝てるって。
でも、みんなちゃんと大人になってるでしょう!

なので私的には「自立心を育む説」却下!!!!

いいじゃん、最初の数年ぐらい子供に振り回されて、自分の時間が無くなったって。
この時間というのは二度と戻ってこないんだから。


ところでくり坊君のネンネ事情。

ここ1週間程前からどういう訳か、もう一人で寝るようになった。

布団に入って本を読んで、電気を消して3分。
「ちょっとトイレ行ってくるね」と言うと、すかさず「Ja.warten!」(うん、待ってる)と言う坊。

私はそのまま部屋を出て、終了ーーー。

もう寝ているのか、一人で寝ようとしてるのかは分からないけど、泣いてないので
戻る必要もない。

おやすみと言って部屋を出ようとすると、多分泣く。

だけど「待っててね」とは言ってないから、嘘はついてないよね。

 さっきなんて、電気消したら「Augen zu....」(目を閉じてー)とか言っちゃって。
幼稚園でのお昼寝の経験がものをいってるんだな、きっと。


こういう日が何の前触れもなく突然やってくるんだから。


子供のこういう自発的な行動をどこまでも尊重してあげれば、自立心なんてものは
親が導かずとも、勝手に育くまれるものなんだろうなと、日々わが子を見ていて思うのです。

うれしいけど、反面母は寂しくてしょうがない。

寂しいから、今日もこっそり坊の布団にもぐり込んでしまおーっと。

2016年10月25日火曜日

ドイツ人に教わる漬物

ちょっと前にライプチヒでやってる漬物ワークショップに行った話。

全然予定になかったんだけど、友達が教えてくれて、どうやらキムチを漬けるらしいとのこと
だったので、参加することに。

今ドイツでは、というか、世界的にかな?
健康志向の人々の間では発酵食ブームで、日本の味噌や漬物、韓国のキムチなども
知ってる人は知っている。

うちの超健康マニアのエコおばさん(義母)も、もちろん本とか買って勉強して、発酵専用の
ツボみたいなのを買ったり、味噌を日常で使いだしたりしているし。

気になる人には、アツいらしいです。

私は発酵食が体に良いとか、そういう観点よりむしろ、自分にとってはなくてはならないものなので
麹や納豆、味噌にキムチと、自分で作るようになった。

で、そんなブームが今来てるもんだから、周りの健康オタクの人からは、ちょっとした羨望の
眼差しを浴びています(笑)

 漬物ワークショップはドイツ人の若者2人が主催していて、一人は日本語学科で日本語を
専攻し、日本にも1年ぐらい住んでいたことがあるそうで、マイ漬物マシーンを持っていた。

ヌカヅケ マッヘン

 参加者は一人のお爺さんを覗いては、皆20代の若者といった感じ。
オシャレなかんじの。

へー、こんな人達が漬物に興味があるんだ。

しかも、参加した理由も、日本文化に興味がある、日本に行ったことがある、日本食が好き
などがあがっており、発酵食を習得したくてという人は一人もいなかった。

そして、たいていこういう集まりって、ちょっとアニメ好きのオタクっぽい人が来るんだけど、
そういう人は1人しかいなかった。
 


で、実際ワークショップではぬか床を作ったんです。

ぬか床と言っても米ぬかではなく、オーツ麦のぬかを利用したぬか床だった。




いわゆる「捨て漬け」の工程まで教えてもらい、あとはジップロックに入れてお持ち帰り。

「今日からかわいいペットを大事に育ててください。」

そうそう、ぬか漬けは掻きまわす手間とかあることを、この若者たちは知っていたのだろうか??
家に持って帰って毎日毎日お世話する光景は、 とても微笑ましい姿だけれども。

日本人でもそんなことしてる人、なかなかいないよ。

ま、私は早くも放置の予感。。。なんて、2週間ぐらいたったんですが、なんとかお世話しては
いるんだけど、なんかアルコール臭がするんだよな。

腐ったかな。

人にあげる予定だったのに。

私、ぬか漬けってそこまで好きではないのです。

もし好きだったら、私の事だからとっくに作っていると思うけど、漬物はあってもなくてもいい。
あ、でもビーツのぬか漬けはおいしかったな。

ちなみに漬物で一番好きなのは、秋田の「いぶりがっこ」❤❤❤
これは作り方とか調べたことあるけど、なかなかハードルが高くて手がでない。
沢庵を桜の木で燻製にするんだったけな。

あとは細い牛蒡の醤油漬けとか。

 ということで、まさかぬか床お持ち帰りとはおもってもいなかったワークショップ。

ドイツでこの漬物が浸透するかわからないけど、ここはここでサワークラウトとか立派な
発酵食があるわけだから、味的に受け入れられないでもないと思う。

主催した人は、ぬか漬けをパンと一緒に食べるって言ってたし。



さて、私は私でそろそろ麹仕込みの事を考えなければ。

2016年10月2日日曜日

夏の終わりの果物ケーキ


収穫の秋。

ちょっと足を延ばせば、その辺にたわわに生ってるリンゴや梨。

Pflaumenプラウメンという、日本で言うプラムと梅がまざったような(だからプラウメン??)
卵型のこのウメも、サイクリングロード沿いに植わってるのが丁度食べごろで。

ついつい取りすぎて、結局ケーキとかジャムとか作らないと消化しきれなくなる。



夏が終わったなーと、このケーキを焼くといつも思う。

スーパーの店頭にクリスマス用のお菓子が並びだすのもこの時期で、今年ももうすぐ
終わるなーと、時の流れの早さに驚くのです。

2016年9月21日水曜日

リューゲン島での夏休み


2週間程夏休みで出かけてました。

今年は日本でも旅行したし、夏休みはとらないつもりでいたんだけど、初夏に色々あったし
ちょっと気分転換ということで、急に決まった夏休みでした。

行先は2年前の産後の休養でも訪れたリューゲン島にある知人の別荘。

ざっとまあ、こんなところです。

前回は生後5週間目の乳飲み子連れで、終始自宅にいるのと変わらぬ子育てスケジュールを
持ち込んでの滞在で、休めた気がしたんだか、、、みたいな事が書いてあったな。

今回はというと、まあ旅慣れてる子なので、坊に関しては手こずる場面は全くなく。

手こずったのは、私の方で、、、 笑

というのは、こういうモダンでなにもかもがピカピカな別荘にずーっといることとか、プライベートの
素敵なビーチで1日中ボーっとリラックスとか、そういうことが3日もすれば飽きてくる質の私に
とって、帰りたい、もしくは移動したいモードは結構早い段階でMAXに。

もちろんサイクリングに出かけたり、あとはサイクリングに出かけたり、散歩したり、サイクリング
したり 笑 そういうことは毎日していたけど。

あ、これって典型的な?ドイツ人の休暇の過ごし方。

まあそういうのが本当に性に合わないと、再確認しましたね。

かといって、毎日毎日目まぐるしく観光したり、ハイライト的なイベントが毎日あったり
そういうのが好きというわけではないんだけど。

休暇というのは普段の忙しい毎日や、退屈な日常から解放されて、非日常な時間を過ごす
というのが一般的だと思うんだけど、 私は普段から自然が多いところでノンビリ暮らして
いるので、さらに何せずリラックスな休暇なんて、日常の延長でしかないし。

で、そんな時間あるんだったら、家に帰ってあれもしたい、これもしたい、となるわけです。

そう、私が一番ほしいのは、休暇ではなく、集中して何かがができる時間だということも
これまた再確認したのです。

家族の時間はもちろん大切です。

特にくり坊君が、何時でもどこでも何にでも興味深々で、心底楽しんでるのを見るのは
至福の時。

この2週間で色んな体験をして、吸収して、言葉も沢山覚えて、嬉しかったな。


しかし、私とて一人の人間であり女性であり。

正直言うと、一人の時間が1週間ぐらい欲しい。

そんなことを家族旅行の最中に訴えていた、ろくでもない私です 笑




焚火料理の準備中




蒸気機関車に乗ったり。

こんなんですよ、もう。夢の別荘。なのに私ったら。。。




休暇中は終始天気に恵まれ、毎日毎日こんな夕日を眺めることができた。
それはそれは素敵な時間だった。

夜は社長さん(この別荘の主)が1日中仕事をしていた息抜きだと言って、ほぼ毎日
料理してくれて、昼以上に肉肉しい 晩御飯が続き。

とっても美味しかったけど。


極め付けだったのは、この休暇中にドイツ語の本を1冊読破するのを密かな目標に
してたんだけど、これが難しすぎて途中で読む気が失せてしまった。

本はこれ1冊しかなく、故に暇を随分と持て余してモヤモヤの原因にもなったのだった。

救いはノートパソコン。

Wi-Fiの入りが悪く、結局2週間ネットがない状態だったんだけど、日本旅のブログの続きを
ダダーっと書くことができた。

一番いやなパータンだけどね。

旅を楽しまず、ブログに逃げるパターン。


寝室。クッション多すぎ。

この豪華なコンドミニアムでの夜は、ほとんどブログ書いて過ごしてたな。


で結局、こんなこともあろうかと持ってきていたテントと貧相な寝袋を抱えて、1週間後には
キャンプ場へ逃亡した私たちでした。


久々ドイツのキャンプ場。

最近はキャンピングカーの旅が多かったので、シンプルなテント生活が本当に楽しかった。

多少不便でもやはり、生活空間を持ち運びいろんな場所に移動する。

そういうのが心底自分には合っているのだと痛感しました。



この休暇の締めくくりは、北ドイツに住むある人の所へ。

以前からブログを通じて交流させてもらってるブロガーさんで、一か八かで訪ねに行っていい
ものか聞いてみた。

北ドイツと言っても広いけど、その時いた所から私たちの自宅まで、130キロぐらい遠回りを
すれば辿り着く場所だったので、さっそくお邪魔させてもらう運びに。

到着したのは夜9時過ぎで、少し興奮気味の坊を寝かせてから、しっぽり飲みタイム。
森に囲まれたお家で、雨の音を聞きながら、心地の良い夜が更けていったのでした。

翌日は見覚えのある犬さんと共に、総出で森へ散歩に出かけ、気付いたら3時間近く
歩いていたな。

森林浴は海水浴より癒されます、私。

束の間の滞在で、同じドイツなんだけど北ドイツ。

また違った趣があって今度はゆっくり遊びに来たいなーと、レンガ造りの街並みを眺めつつ
そんなことを思った帰り道でした。

またいつかお会いしたいですね、AKAさん!!

終わりよければ全て良し。

なんだかんだ言いつつ、楽しい休暇でした。

2016年9月5日月曜日

週末キャンプ


最近出かけると言ったらここばっかり。
毎週毎週きてるなぁ。

夕方6時をすぎれば、完全にこの桟橋も岸辺もプライベート。

たまにキャンプ道具持ってって、泊まったり。



久しぶりにこのピンクを見た。
 
ちなみにこの写真をマーに見せても、何がいいんだかさっぱりわからない。
彼はある色においては色弱で、こういう色目は全部グレーになってしまうらしい。

夕日の美しさがわからないなんて、可愛そうに。







多分明日から、10日程休暇でバルト海に出かけます。

夏も終わりかけてるので、寒くなきゃいいんだけど。


2016年9月2日金曜日

それもあれも言えるようになって。


「Auto ネンネ しーーーっつ」

車が寝てるから静かにしてねと、坊に言われた。

確かに寝てるね。 笑


最近言葉を覚えるのが急激に早くなってきた彼。

毎日二言ぐらい語彙が増えていて、びっくりする。

先週まで彼は自分の事をベイビーと言っていて、「お名前は?」と聞いてもベイビー、自分の
写真を見てもベイビーだった。

それが夜突然自分の名前をつぶやき出して、その瞬間からもう自分を自分の名で呼ぶように
なった。

子の成長は、光のように早い。

 嬉しいような、寂しいような。。。

2016年8月29日月曜日

白鳥の湖の秘密


猛暑続きのドイツです。

素晴らしい夏空の下、私は4日間寝込んでました。

夏風邪ほどいやなものはないね。

坊からマーに、そして最終的に私に移りやっと終わりが見えてきたかな。



今日は日陰でも37℃という暑さで、午前中から堪らず湖に出かけた。

うちの周りには、それはそれは綺麗な湖が点在している。

その昔この辺には石炭の採掘場が多くあり、その跡地の大きな穴に地下水が湧き上がり、
そうして出来た湖が、うちから10キロ範囲内だったら、大小合わせて20個所ぐらいある。

海が遠い私たちは、夏と言えば湖水浴で、今日みたいに暑い日は真っ先に飛び込みに行く。

最近よく行くのが、1周すると2kmぐらいの大きさかな?
けっこうこじんまりとした湖で、白鳥が2羽いるので、まさに白鳥の湖。



今日はなぜが水に入らなかった子



実はここ個人の持ち物で、どこかのお金持ちが湖ごと買ったのだそう。

オーナーは夏の数日間ここで過ごす為にキャンピングカーでやってくるらしく、その数日間
完全プライベートな空間にするために買い取ったのだそう。

でもその他の時は、一般の人も暗黙の了解で一応入ってよいことになってるみたい。

この前そのオーナーの知り合いで、湖の管理を任されてるという夫婦に遭遇し、
聞きたくなかった話を聞かされてしまった。

どうやらこの湖、昔は事故多発だったようで、整備されていなかった崖の上から
人や車がバンバン落ちていたそう。

中にはまだ沈んだままの車や、そして救出できずに亡くなってしまった人も多かったようで。

うーん、なんだかこの美しい白鳥の湖が。。。。。そういう湖になってしまったな。


ま、でも近所にこういうところがあるって、ありがたい。

田舎住民の特権というかね。



それにしても、今日もえらく暑かった。

暑くて暑くて煮えてるんじゃないかってぐらい熱いトマトを、できるだけ収穫してトマトソースを作り
瓶詰作業。

灼熱の台所。

冬に備えて、蓄え蓄え。

今日までで20個はできたかな。


行儀の悪い裸ん坊は、一応お手伝い

今日もあっという間に終わっちゃった。

最後に雷鳴って大雨が降り、カラカラだったお庭が少しは潤ったかなー

 

2016年8月26日金曜日

4世代遠足シュプレーワルド


先々週の週末だったか、初めてSpreewaldに行ってきた。

うちから約200キロぐらいのところで、ドイツの東の果て、ポーランドの国境もそう遠くない
所に位置する湿地帯にある森。

そこには全長1000キロにも及ぶ水路が迷路のように張り巡らされていて、夏場はカヌーや
ボート漕ぎの人達でにぎわう一大観光地だ。

ここに2泊3日、4世代一家総出でお出かけしてきたのです。

4世代と言っても一人っ子家系の我が一族は、くり坊君から見てのひい婆ちゃん、爺ちゃん婆ちゃん、そして私ら両親、あわせて6人の小家族。

最初で、最後かなーー。。。うーん分からんけどこの遠足は私らが去年のクリスマスに送った
プレゼントで、そうでもなければこんな機会はなかなかない。

最初は週末用のアパートを借りようなんて思ってたけど、どこもかしこも満室で、結局私たちは
キャンピングカー、マーの両親は最近改造し終えた2階建てジープ、そしてオマにだけ
部屋をとってあげました。

ほら、90過ぎのご高齢だと色々ありますのでね。


着いた初日は金曜で、そんなに人もいなさそうだったので、かるーくカヌーで水路を散策。

翌日の込み具合を思い返すと、この日に行っといて正解だったな。
のんびり1時間ぐらいボートを漕ぎ漕ぎ。

義母と義父は息が合わず船上でも言い争いが始まる。
 

        


翌日はkahnという渡し舟的なものを1隻チャーターし、よくベラベラしゃべる船頭さんに2時間半の
コースを漕いでもらった。

その間はゆっくりシャンパンとか飲んじゃったりして、木漏れ日の水面にゆらゆら浮かびながら
ぼんやり森林浴。

だけど、さらに良くしゃべるお義父さんと船頭さんが2時間半しゃべり倒しでげんなりした。

なんでこういうところで、黙っておけないんだろう!

ボートは、自分らで漕いだ方が断然楽しいな。


。。。。。気を取りなおして、20キロ程サイクリング。

この辺一帯は湿地帯で、ゆえにうちの周りからは想像できないぐらいの緑の大地が広がって
いた。

びっくりするくらいの緑。

木も芝生も雑草も何もかもが緑。

野菜もそうだけど、野草とか咲いてる花の背丈がまずちがかった。

そして、びっくりするぐらい平面の土地。
なので、サイクリングがめっちゃ楽しかった。

そのあとは、この土地に未だに残っておられる民族「ゾルべ人」のミュージアムへ。

ドイツ系とはちがうスラブ系の民族で、言葉も違く、この辺の標識もほとんどドイツ語と
ゾルべ語が併記されていた。

ミュージアムの帰りに、併設されていたレストランで夕食の運びに。

シュプレーワルドといえば、キュウリのピクルスで有名なんだけど、ピクルスを交えた料理と
いうのがいまいちピンと来ず、それに外れてもいやだったので、あまり冒険せずにおとなしく
ガチョウの丸焼きを頼んだ。

そして出てきたものがこちら。

ドーーーーーん。





もう、運ばれてきた瞬間に吹きましたね、私。

あまりにも給食的な盛り付けというか、かたまり感が見事というか。

なんかもうちょっとないのかなとか、いつも思うんだけど、これはけっこうなレベルの高さで。笑

これがザッツ、ドイツ料理でございますよ。

あー、笑った。

でも、お味は悪くなかった。

他の家族が食べてたのは、相当不味かったけど、これは当たりだった❤


翌日はまたまたサイクリング15キロ。
前日20キロとか走ってるけど、とにかく平たい土地なので全然疲れない。

それと細かい水路が網羅している土地で、車が入れないところが多いので、ここでの
移動は自転車が一番便利だった。





そして最後はお祭りに遭遇して、ちょっくら見学。

小舟に乗った地元の人達がシュプレーワルドの文化や産業を紹介しながら、小さな水路で
水上パレードしていた。





きゅうりを漬けているご婦人たち。

 
そんなこんなで2泊3日の週末旅行を終えて、お家に帰りました。

ちょっと寒いかもしれないけど、紅葉の季節にくるのもいいかもしれない。

数年に1度だったら、こういう一家総出の遠足もいいかもなー。

いつかまた絶対に来よーっと。
 

2016年8月20日土曜日

ピカピカのKITA生


くり坊くんがKITAに入りました。

Kitaというのは、ドイツで幼稚園と保育園が合体したところ。

最初の10日間は、まずは慣らしのお試し期間で午前中の1時間だけ預け、徐々に延長して
ゆくとのことだったんだけど、坊にはそんな時間は必要なかったな。

とにかく教室に入ったらその場にスーッと溶け込み、私のことなど見向きもせず。

お迎えに行っても他の子と遊ぶのに夢中で、駆け寄って来てもくれない。笑

先生方もビックリしていたな。

幼稚園は家から徒歩5分のところで、坊の足に合わせると10分はかかる。

こんなに近いところで見つかったのは、ホントラッキーだった。

私が住む小さな町でも、待機児童が出るくらい幼稚園事情は切実なもので、実はこのKitaも
坊がまだお腹にいる頃に、申し込みを済ませていた。

生まれた頃は3歳ぐらいまで預けなくてもいいかなと思っていたけど、今思うと1歳半ぐらいから
行かせても良かったかもと思ってる。

やっぱり毎日毎日他の子達とワイワイ遊んでる姿を見るのはホントに嬉しいし、何よりも
クリ坊君がものすごく楽しそう。

この2週間で沢山刺激を受けて、さらに活発になり、言葉もドンドン覚え、成長の早さにも
ビックリする。

幼稚園とはいえ、そこも立派な社会なわけで、その中で子供が育ってゆくというステージに
突入したなという感じです。

いっちょ前にリュックなんて背負っちゃって。
 

2016年8月8日月曜日

その2ヶ月も過去の話

毎日が目まぐるしく過ぎてゆきます。

前回の更新から1か月以上経っているけど、まあ元気でやっております。

7月の頭から1か月滞在していた友達も一昨日日本に戻り、寂しいながらもいつもの日常に
戻りつつある感じです。

この2ヶ月、ほんと色々ありました。

過去形になるけど、つい10日前まで妊婦でした。

全くの予想外に妊娠が発覚したのが6月のはじめの頃で、それからあの地獄のツワリに
諸々支配され、パソコンの画面も見れない程、吐き気MAXの夏が始まったのです。

まあ、そのことはまた今度触れるとして、とにかく妊娠11週目の検診で子が育っていないことが
発覚し、流産。

私にはどうする事も出来なかった、自然の淘汰でした。

残念だったけど、こうなる事も自分の年齢上ある程度覚悟はしていたので、ダメージは
少ない方です。

自然流産が難しく、友達がうちから旅行に出かけている間に掻把手術を受け、私の2ヶ月の
妊婦生活が終わりました。



そんなこんながあって、妊娠にも心臓が飛び出るぐらいビックリ、そして子の心臓が止まっていた
ことにもビックリの、もう何がなんだかの2ヶ月でした。

・・・

・・・・・・・・

なんて、淡々と書いてるけど、しんどかったのよ。


それも、過去の話。


明日の話をしよう。

明日からついにくり坊君が幼稚園デビューします。

午前中預けるだけだけど、私に3時間ぐらいの一人の時間が増えるということです。
もう、なにしてやろうか、今から考えるだけでワクワクします。

仕事などする気は、さらさらありません(笑)
そんなことより、家の中や庭の中途半端なプロジェクトをちゃんと形にすることに専念する。

明日から心機一転、色々サクサクと活動しよう。

誰にかわからないけど、そう宣言するとしよう。

ブログも心新たに、また再開したいと思いつつ、今は私のくせにインスタとかやっちゃってて、
そっちの方が楽で仕方ない。

ま、でも、書くことが好きなので、ぼちぼちやってゆきます。

どうぞよろしく。

もうしばらく夏が続くといいな




 

2016年6月28日火曜日

6月が終わる


またまた久しぶりになりました。

この6月はずーっと忙かったー。

義理の両親が5月末から2ヶ月旅に出ていて、くり坊を預けたりすることができぬまま
日本語コースを掛け持ちしてたりして、色々大変だった。

先週末にひと段落して、色んなものから解放されたと思いつつも、また色々なことが起き
けっこう心ここにあらず。。。
どうなることやら。

金曜に日本から友達がやって来て1か月滞在してゆく。
それはそれでめっちゃ楽しみなんだけど、果たして私の体力気力は続くのか???


昨日はクリ坊君2歳の誕生日を迎えたんだけど、父ちゃん仕事でいないし、平日だった
というのもあり、特にお祝い事はせず。

朝に庭で苺やらラズベリーを摘んで、それでひっそりと彼が食べられる砂糖抜きのケーキを
焼いてあげて、近所の人とお婆ちゃんとお茶しただけ。

誕生日と言ってもまだわからない歳だしね。
来年はそうもいかないけど。

とにかく、ちょっとわたくしに今パワーがないので、色んなことがおざなりになっているな。

燃え尽き症候群とでもいうのかな。

忙しくて、ゴチャゴチャだった日々から解放されて、嬉しいはずなのに、やりたいことをやる
沢山の時間があるのに、何も手につかない。

どうしよう。
ま、それも明後日友が来てから変わるのだろうけど、シャキッとしとかにゃ。


このドヨーンが晴れたら、また書きたいと思います。
近日中であることを願って。
 

2016年6月4日土曜日


今日はフォルクスホッホシューレで寿司コースだった。

疲れたー。もう一本ビール飲むかな。。。

この市民大学のようなところで寿司を教えるのはもう3度目なんだけど、回を増す事に
参加人数も増え、今日は16人。

普段人付き合いにおいても極力ミニマムに生きている私にとって、この16人、しかも1対16と
いうのは結構な人数で、結構なパワーがいる。

今日は朝から坊が8月から通うであろう幼稚園の説明会に行って、帰って来て米を5キロ炊いた。

5キロ!!

しばらくお米見たくない。

隙間隙間でやってるお仕事だけど、今はその学校で日本語コースを8人受け持っていて
プライベートで1人日本語を教えてる。

ドイツ語をしゃべり倒すことは、今だに疲れる。
特にものを教える立場に立つときはなおさら。

帰って来てご近所さんが庭で焚火とかしてて、混じりたい気はするけど、ドイツ語脳の限界が
あるみたいで、一言も発したくないし、一言もドイツ語を聞きたくない。

へんなの。。。。

今日はもう何もしたくない。


6月はこんな日がずーっと続きそうで。

脳を洗おう。

サーっと、ブワーっと洗い流す。

ヘッドホン、ボリウム全開で。

無の境地へ。

新しく明日を始めるために。

この音楽を。





新しい明日??なんて思ったけど、振り向むけばキッチンに山積みなのは
コメがへばりついた巻きすやら、タライの残骸。

そのあと片づけで明日が始まるなんて。

ジーパンも米粒だらけじゃないか!

もぉ、こめーーーーーーーーーーー!!!

 

2016年6月2日木曜日

芍薬香る6月


庭の芍薬がようやく満開です。









お庭に花があるドイツ人の女性って、ブーケを作るのがとても上手でいつも感心する。

ささっとその辺の花を摘んで、売り物のような花束があっという間にできてしまう。





今日はその芍薬とロバの耳(という花)やらを入れて花瓶に挿してみた。

どうしていつもこう、てんこ盛りになるんだか。

日本はアジサイが満開だそうで。

こっちはもうちょっとかかるかなー。





 

2016年5月31日火曜日

ハナコが死んだ

先日ハナコが死んだニュースを見て、私はここ数日ハナコのことが頭から離れない。

人にも色々話したけど、やっぱ「へぇー」で終わる話。

お久しぶりでこんなお話しもなんなんだけども、(ローカルネタですみません)

ハナコが死んでしまったのです。

あの、象のハナコが。。。

ハナコは日本で一番長生きした、井之頭動物園のゾウのことです。
享年69歳。

思い返せば、私が4歳ぐらいになるまで、休みの日は頻繁に近所のこの動物園に訪れ
当時の写真も結構な確率でここで撮られてるものが多かったり。

動物園には小さな遊園地も併設されていて、動物の回転ブランコに母と乗って撮った写真が
何パターンもある。


昭和ノスタルジーな遊園地コーナ。乗り物の形も変わってなくて感動した。

そんな子供の頃の思い出もあり、今度は親子三代であの地を訪れたいと思っていて
先日里帰りした寒い冬の日に、こたつにもぐり込んでる母を叩き起こして動物園に
向かったのだった。

 


何年ぶりだっただろうか。

たぶん30年ぶりぐらい。

私、実は動物園が嫌いです。

まあ、それも大人になってからの話だけど、例えば東京の寒い空の下に砂漠のキツネが
檻に閉じ込められてる、そんなのを見たら「可愛い~」の前に可哀想としか思えない。

そんなんだから、動物園なんてずっと行ってなかったし、これからもそんなに行くことはない
だろう。

というのを、あの日この動物園に来た時に思ったんだった。

「クリ坊君がいなかったら、絶対に来なかっただろうなー」


ここの動物園のメインは、なんといってもゾウのハナコだった。

いつも大人気で、私も柵にしがみ付きながら「ハナコー」と叫んでいた幼少時代があったかな、
そんなことを思いながら、今はあのハナコじゃないかもしれないゾウの「展示場」に向かった。

するとそこにゾウの姿はなく、寒いからかすぐ隣の飼育室でご覧くださいという看板が
掲げられてていた。

飼育室に入ると、ガラーンとしたコンクリートの檻の中で、ホースを鼻でバンバン叩き付けてる
ゾウの姿が柵越しに見えた。

そしてそのゾウは、私が1歳の時にも2歳の時にも、一緒に写真に写っていたあのハナコだった。

まさかのオリジナルハナコ。

これにはさすがにビックリしたし、こんなところでそんなに長く生きていたハナコを見て
涙しそうになった。



シワシワになった肌は、遠くから見ると白像にも見て取れて、なんだか神がかってるとその時
思った。

だけどやっぱり、あの光景は「可哀想」以外の何物でもない。

そしてさっき知ったんだけど、ハナコの飼育環境の改善を求めて去年世界中から45万件もの
署名が集まっていたそうだ。


飼育室に飾られていた表彰状

 

最後の一目、正直言ってとてつもない悲壮感に覆われていて、ちょっとショックだった。

それでも69年間、たくさんの人を癒し、そして愛され続けたおばあちゃんハナコに会えたのには、
感慨深いものがあった。

ハナコ、本当にお疲れさまでした。

そして、ありがとう。


よ、四十年まえ。

2016年5月11日水曜日

菜の花サイクリング

今の時期、ちょっと自転車をこいで行くと、菜の花畑があちらこちらに広がっているのが
見られます。

5月のサイクリング、サイコー!


 

2016年5月5日木曜日

Lidlのくせに美味しかったスウィーツ



安売りの店だから、安いんだけど。2つで2.20ユーロ。

過剰包装を嫌うドイツが、箱入りのスウィーツだとぉ!なんて思いつつ買ってみる。

グラス入りのレモンチーズケーキ。



レモン味がしっかり効いてて、買い占めたい美味しさ♥

ディスカウンター、侮れないわ。

2016年5月4日水曜日

再開の5月、日本車中泊の旅などなど


5月になっちゃった。

ドイツも今週はHimmelfahrtというキリスト教関連の祝日がありますが、別名「男の日」とでも
いいましょうか、この日は朝から男どもが集結して、ワゴンにビールをいっぱい積んでバーを
ハシゴするという大イベントがある日でもあります。

ワゴンのビールはそのハシゴ酒する道中で飲むためもの。
朝からずーっと飲み歩く人もいるので、昼間っからかなりの確率で出来上がった酔っ払いを
目撃することになるのです。

私も相当ビールを飲む人なのでいつか参加してみたいと思い、前に仲間に入れないかと
知り合いに聞いたところ、やはり「男の日」なので、ダメなんだと。

変装してならいけるかなー。笑

ま、ハシゴ酒だけでなくても、男同士でハイキングに行くとか、そういうことをする人達もいます。

とにかく男だけで何かする日なのです。

私たちは、多分サイクリングにでも出かけるかなー。

外で過ごせる時間が大分多くなってきた、とても良い季節のドイツです。


畑では、Pastinakeパースニップが大豊作!美味しすぎるー


毎度おなじみ、旬の白アスパラ。あと何回食卓にあがるでしょう?



庭も緑濃くなってゆき


桜ももうすぐ満開。これはサワーチェリーの木
 

よし、だんだん調子付いてきたので、忘れないうちに旅日記も始めまーす。

こちらもよろしくね。
2016年春 ニッポン車中泊の旅
http://j-2-g-nihongo.blogspot.de/




2016年4月26日火曜日

ただいまドイツ。

ドイツに帰って来て早10日。

2ヶ月滞在した日本。
色々ありすぎて、何から書いたらいいのか。

何だか、さっぱり、文章の書き方とか忘れてしまったっぽい。

勘を取り戻したいところです。


ドイツはドイツでまた楽しい。
やっぱ、ここに住んでる家があるわけだから、ここが一番落ち着く。

少し変わったことと言えば、5年近く空き家だった3階に知り合いの家族が引っ越して来て
そこの6歳のお嬢がくり坊君の面倒を良く見てくれて、ホントに助かる。

活動の季節。

この子のお陰で色んなことが捗りそうで、良い巡りあわせだこと。


日本では約1か月車旅をしたので、そのこともボチボチ旅日記の方に書いてゆきたいと
思います。

素敵な日本を再発見の日々でした。

とりあえずちゃんとエンジンが掛かるまで、のんびり気味になると思いますが
覗きに来てくれてる方々、いつも、どうもありがとう。


もうしばらくお待ちください。ZZZ

 

2016年3月29日火曜日

まだまだ日本滞在中

ご無沙汰してます。
うーん、いつぶりだったっけか。

思い返すせば、2月中旬に日本へやってきて、友達に会ったり、家族と出かけたり、実家でノンビリ過ごし、3月中旬にマーが来日し、18日からレンタカーで西日本への旅をしているところです。

相変わらず車中泊のたびで、チビ連れだけど、快適に楽しくやってます。

昨日フェリーで四国入りし、今は徳島の秘境も秘境、祖谷渓谷の谷底におります。

旅はあと2週間は続きます。

ごきげんよう。


2016年2月17日水曜日

充電、放電、そしてまた充電へ

なんのこっちゃら。

煮詰まりすぎから解放され、放心状態。

いやいや、ポジティブに、この1週間たくさんの人に沢山の元気を頂いた。

予定を詰めすぎて、トッ散らかりつつも何とか乗り越えた。

いやでも、ホントに会いたかった人に会えた2月だった。

あれは確か。。。

そうね、前回の投稿で壁を白く塗った翌日に、日本から大親友の夫婦が初来独。

四谷の路地裏で隠れ家的存在の大人気ビストロをやっている二人が、店の改装期間を
利用して東欧旅行をするというので、ついでに立ち寄ってくれた。

10日の旅で荷物これだけ 笑 

忙しい人達なので、うちには絶対来れないと思ってたけど、何とか時間をやりくりしてもらい
夢の来訪。

2泊して旅立って行ったけど、もっともっともっと、色んなとこに連れていってあげたかったし
色々話したかったなぁ。


とりあえず、うちに来たならば馬ということで、半野生元祖馬の森へ。

運よく2頭に出会えた。


 



夜会

嵐のようにやって来て、そしてチェコ、ウィーン巡りへと旅立って行った二人。

あまりにあっという間で、夢だったのかも。。。。なんて。

最終日はライプチヒまで送りに行き、その後はこれまた久々だった別の友達と会って。

翌日は、何もしないぞ、腑抜けのフニャフニャの1日を送るんだーと心していたにも関わらず
午前中にアポなしで、パパ友が子供を連れてやってきた。

天気が良かったので庭でサッカーなんぞし、腑抜け日返上。


翌日の日本語個人レッスンはさすがにお断りし、土曜日はこれまたずーっと会いたかった
友だちがドイツの西の端っこから来訪。

その日は夕方から用事があり、5時間足らずの束の間の再会。

そして、そのファミリーが帰った10分後に別の人が来て、おにぎりを50個ニギ二ギ。

彼らは私の日本語コース生徒で、去年の夏に1か月日本を旅して、この日その旅の
思い出発表会を開催するってので、そこで出す軽食におにぎりと味噌汁を用意した。

最低でも20人ぐらいは来ると言ってたけど、地元の新聞に数回広告打ったりしていた効果も
あり、キャパ40人ぐらいのところに、70人以上人が入って大盛況。

おにぎりも味噌汁も完売。

もう、おにぎりなんて、見たくない。

そんな感じでだだだだだだだーーーーーーーーと、駆け抜けた2月前半。

この過密さ、仕事でもなんでもないので、なんの自慢にもならないのだけど、とにかく
忙しかったし、楽しすぎてずーっとハイな状態が続いたな。

今週に入ってからはいつもの暇人間に戻り、3時間昼寝したりする日々を過ごし、
締めくくりの今日はオマの誕生日。

そんな私ですが、明後日くり坊くんと日本へ旅立ちます。

マー先生は1か月後、追って来日。

日本は日本でまた色々とやりたいことや、会いたい人満載でどうなることやらだけど
しばらくは家族団らんで、ゆっくりのんびりしたいと思います。

あー、温泉楽しみ♥

元気な姿で、みんなに会えることを楽しみにしてます!

そのうち連絡するからねーーーー。
 

2016年2月4日木曜日

まるで新居(床だけ)

明るいお部屋計画。

我が家のリビングルーム。

暖炉を作った時の勢いで、部屋の壁面も全部土壁にした。
そのときはこんな感じだった。

色を塗ろうかとおもったけど、この暗い洞穴感がその時はなんとなく心地よく、壁はそのまま放置。

そしてこの部屋ができて2年が過ぎ。

夏の間はだいたい夜遅くまでテラスにいることが多いので、この部屋を使うことはめったになく、
冬は逆にこの部屋が一番あったかいので、ここにいることが多い。

暗くて日照りが短い冬時間。

最初は土の温もりが心地よかったんだけど、北東向きにあるこの部屋に日が差すことが
殆どなくて、大きい窓があることが救いではあるけど、ここに1日中いるとなんだか暗い気持ちに
なってしまう。

ということで、時間があったらいつか壁の1面だけでも明るい色に塗り替えようという話は
あった。


うちは只今、4月に新しく引っ越してくる若い家族の為に、ずっと空き家だった3階の部屋に
手を入ている最中。

年末年始は修復や壁紙はがしなどでほんと忙しかったんだけど、先週最終仕上げで古い床を
削る職人さんが入っていた。

そこで見た新品同様の床面を見て感動した私たちは、このままついでにうちも施工してもらおう
ということになり、それだったらペンキも塗ってしまおうと言うことになった。

この忙しい中、予定外のプチ内装工事。

明日予定していた友達の誕生会がキャンセルになり、ちょっとホッとしていたり。

今日は粉塵吸引防止の為くり坊君と街へ出かけており、帰ってきたらこんな風になっていた。

 befor

after。うれしくて走り回るお子

この場所は玄関から繋がってる廊下なんだけど、なにせお屋敷だったところなので、たかだか
廊下のくせに20畳以上のスペースがある。

日が一切当たらないただの通路が家の中に20畳分あるという、ものすごく無駄な作り。

その昔は暖炉があるティーサロン的なスペースでもあったらしいけど。

私はスペースを無くして小さな部屋が2つぐらい欲しいところ。

だけど構造的に、どうにもこうにもいじれなくて、ここにあるのは下駄箱とアウター用の
クローゼットのみ。

しかし、今回床が明るくなったので、なんとかもうちょっとアレンジしてみようかという気に
なってきた。

未完成の部屋があと3つあるにも拘らず 笑


Wohnzimmer 暖炉部屋。 暗いなー

after

 
この部屋はこの後ワックスを塗ろうと思ったけど、思いの他綺麗な仕上がりで、生木の色も
気にいったので、このままにすることに。 

これで少しはドイツの冬時間、明るい気持ちで過ごせるかしら。

明日は右の壁面だけ白く塗る予定。
 

2016年2月2日火曜日

ビーツ 味の再現


庭のビーツの収穫が終わり、家でもビーツ三昧の日々なんだけども
この前久々の外食先で、ビーツを使ったおいしい料理に出くわしてしまい、なんとしても
再現しようと思い立った本日。

今年のビーツは面長よ。


丸いビーツよりも幾分かジューシィー。


コレ!と思う味っていうのは、私の場合特にお高い店である必要もなく、むしろ大衆的な食堂や
カフェやよそ様のうちの家庭料理なんかで、ドキューンと味覚を刺激されることが多い。

普段は怠慢な私だけれど、こういうのに出会ったら、いてもたっても居られなくなる。

今回はその店のフェイスブックでその日食べたメニューを探し出し、それに近いレシピを
記憶を手繰り寄せながら特定してゆき、あとは自分なりの勘で再現してみた。

 

 




ビーツのココナツミルクシチュー

隠し味はオレンジの皮、シナモンと八角でございます。

本当はその時に食べた、グリースをカレー味で味付けしたコロッケ的なものも
作りたかったんだけど、試しに誕生日からの余り物のフムスをどうにかこうにか加工して
ファラフェルっぽくなるかと揚げてみたけど、大失敗。

あの組み合わせが良かったのに。。。残念。

ということでフライドオニオンを振りかけて完成。

シチューは大成功。

今度ご飯を赤米か黒米にして、もう一度作ってみよう。

近所にあったらあの店絶対通うのになー。。。