2014年3月27日木曜日

逞しすぎて、可愛いすぎて。


ここ数年、周りが出産ブームで今までにないくらい赤ん坊と接する機会が多いんだけど
その中でも、私が1番気に入っている坊についてのお話。

ドイツ人とフランス人の間に生まれたこの坊は、ただ今生後8ヶ月。
来週ぐらいには、擦り這いができるようになってるだろうこの子が、もう可愛いったらない。

実はこのカップル。
最初は育児放棄かと思うほど、とにかくママが良く面倒を見ていないことが気になってまして。

というのも、彼女があまり望んでいなかった妊娠だったので、妊娠中からこの人には
母性というものがあるのか疑っていた部分もけっこうあったり、生まれてからも案の定
なーんか、子育てを義務のように感じて楽しめてないのが手に取るように見えていました。

どちらかというとパパのほうが良く世話をしていて、いつも会うと坊はパパの胸に抱っこ紐で
密着していて、母子愛というより父子愛が深いんだなーという印象。

実際彼女も、私は子育てをして家に篭るタイプじゃないのよと言って、子供をパパや友達に
預けて遊びに行っちゃったり。

そういうのもあって、あまり甘やかされたりせず小さいころから色んな人に接触しているせいか、
とても逞しく育っていて、人見知りも一切しない。

ママがいないよー、とかで愚図ってるところも見たこともないし、誰でもミルクをあげられて
誰でも寝かしつけられる子。

先週彼女達の家に遊びに行っていて、なんだかんだで人が集まり、家にいるのもなんだから
と言って、彼女がバーに飲みに行こうと言い出し。。。

パパはあいにく留守だったので、誰が子供の面倒を見るという事になったんだけど
私はどーせお酒も飲めないしタバコの煙もアレなので、じゃあ私が面倒見とくからと言って
みんなを送り出しました。

まぁ、育児トレーニングだと思えばいいかと。

坊は夜中の2時ごろに一度目を覚まして泣き始め、多分10秒ぐらいの間に私が彼の元に
到着すると、もうその瞬間に泣き止んで、私の顔を見るなりニコーっと笑うんです。

そしてミルクを飲ませて5分ぐらいで、また爆睡。

もう、掻っさらいたくなりましたね、この子 笑

こりゃーママが、人に子供を預けて夜遊びできちゃうのも分かるわー。

彼女の遊びたがりがどーこーじゃなくて、この育て方私も見習いたい。
どうしたら、こんなにオープンで楽な子に育つのか。

翌朝6時ごろから坊の世話をしているのは、もちろんパパ。
その頃ママは夢の中。

坊にごはんを食べさせてから、もう一度眠りに行くパパ。

私も早々に目が覚めてしまい、トイレに起きて坊の様子を見に行くと、彼は両親とは別の部屋の布団の上で寝かされており、一人で宙に向かって何か喋ってニコニコしておりました。

んもーーーー。

可愛すぎる!!

なので、自分が寝ていたベットに連れ込んで、そして横に置きました。

もう、いつも横において置きたい。

今まで赤ちゃんって、まあ可愛いけどそんなにメロメロになることはなかったんですけどね
今身ごもっているせいもあり、赤ちゃんが可愛くて仕方ない。

特にこの子はピカいちで、もうオバサンキラーだわー、この子ったら。

これが自分の子供だったら、どんななっちゃうんだろうか。。。

今から楽しみで仕方がない。
まー、理想と現実のギャップというのも覚悟しつつ。

ちなみに、彼女の母性愛はというと相変わらず淡々としていますが、育児が楽になったせいか
坊への愛情も前より増してきてるような気がします。
そして、今度は日に日に母子愛を確認することができて、ホッとしています。

カワイーカワイーだけが育児じゃないのねー。

新米ママからすでに感銘を受けている、今日この頃です。

2014年3月19日水曜日

Washokuするドイツ人



最近身の回りで、というか厳密に言うと男友達(ドイツ人)二人が
食生活を改めて健康に過ごしたいとのことで、和食にはまってる人がいる。

2人とも元はアル中寸前の大酒飲み、それに加わる不摂生で30歳前半とは思えない
ようなメタボ体系。

ところが半年ぐらい前からこのうちの一人が、梅干の作り方や納豆はどんな味かとか
聞いてきたり、もう一人もクリスマスのあとに4週間の断食(4週間野菜ジュースのみ)という
危険ともいえる荒行を終えた後ベジタリアンに転向し、和食を取り入れた食生活を送って
いるという。

体の中身のことは分からないけど、とにかく見た目がすごく変わったこの2人。
半年で20キロぐらいは痩せたのではないかというぐらいの変身振りで。

断食をした彼というのは、現在失業中だけど目下5人の子供を育てる専業主夫。
ドイツではそこまで珍しくないパッチワークファミリーと言って、子持ちの再婚同士が
子供も含めてみんなで暮らすので、彼から3人の子、そして新しい奥さんから2人の子という
家族構成。

台所を仕切るのはもちろん主夫である彼。

奥さんは大の料理嫌いで、逆に料理好きな彼と再婚してホント正解だと思う。

ちなみに彼以外の家族は、今までどおりドイツな食生活らしいです。
野菜は多く取り入れてるらしいけど。

というのも、最初の最初であまりにもこだわりすぎて、たとえば昆布からとった出汁で
味噌汁を作ったり、海草などを出したことにより、ドイツ人にしてはハードルが高い
スタートだったようで、子供達や奥さんには不評だったらしい。

なんなら、ちょっと醤油で味付けしたチャーハンとか野菜炒めとか、そういうものを出しつつ
アジアテーストに慣れてきたとこで、「だし」とかそういうものに触れてほしかったなー
なんて。

今までマギーで育ってきた人たちに、だしの旨みなど分かるはずがないのだ。
子供たちは「味噌汁、マズー」とか言ってたらしいし。

彼が今後どれだけ食卓に和食を登場させるのわからないけど、一度機会があれば
招待して、和食というか「ニッポンのご飯」というのを食べてもらいたいと思う。

そして、この前見ていたこんな番組

VERSESSEN AUF ESSEN (ZDF ドイツ語)

日本人の食への飽くなき欲求や、食生活が分かりやすく描かれています。

この中で納豆を紹介している場面があるんだけど、健康なものというのは分かっていても
こうやって改めてドイツ語で説明を聞いてみると、やっぱすごーく体に良いものなんだなーと
そして、ちゃんと食べないと、なんならマーにも食べさせないと、とか思ってしまった。

ちょっとまえに日本の和食が食の世界遺産に登録されたことで「Washoku」という言葉が
ここでもちらちらと聞こえてくるようになりました。

そういうこともあり、この典型的ドイツ人食生活を送っていた友人二人も健康という観点からの
和食というものに惹かれたのだと思います。

続けて欲しいなー、和食生活。

日本風の味というのも大切だけど、それだけじゃなくてやっぱ野菜と肉と魚をバランスよく食べる
というのも和食の特徴だと思うから、そういう食習慣が定着すればと。

それでもっと健康になれば、日本人の私よりが言うより「和食はいいものだ」という説得力が
増すし、気軽に広がりやすいとんだ思う。

で、もっともっと和食が一般的になって、いつかその辺のスーパーでもおいしい豆腐とか
買えるようにならないかしら。。。


2014年3月16日日曜日

ドイツで高齢出産<治療~懐妊>


自然治療で甲状腺ホルモン値を適正にすると言ったマークス。

私も一応数値を見てもらおうと付いて行ったんだけど、クリニックの見解とは裏腹に
至って正常だとのこと。

何もする必要はないとのことで、私は結局処方してもらった薬を勝手に中断した。

マークスの数値はちょっと低すぎで上げておいたほうがいいだろうとのことで、何をしたかというと
首というか甲状腺に目掛けて左右から2本、ホメオパシーの注射をされた。

私にも卵巣の働きを良くする為といって、両方の卵巣目掛けて直接注射された。

その時は「はいはい是非打って下さい」と言って、何も考えずにお腹を出してお願いしたが
後で激しく後悔した。

私はこのホメオパシーというものに、まだまだ懐疑的だ。

毒にも薬にもならないと、今のところまだ思っている節がある。
効き目があったとしたらそれは、プラセボが作用しているのではないかと。

前にもブログに書いたことがあるけど、このホメオパシーはドイツでの知名度も利用度も高いし、周りで結構使ってる人がいるので私にとってはとても身近な存在。

私自身も持病を食事と自然治療で治したことがあるので、科学の力だけが病気を治すものだとは
信じていない。

だけどこのホメオパシーというのは、どうも精神世界のお話のような気がしてならない。

なんで天然原料を何千倍に薄め、そのたった1滴に病気を治す力があるのか、私には
まだまだ理解できない。

そしてもっともっと納得できないのが、それで治っちゃってる人が沢山いるということで
どこかで、これはホントなのかもしれないと思ってしまってること。

だから、私レメディーのセットとか持ってるんです。
(家庭常備薬としてマー母からもらったものだけど)

もし、自分の体でそれが実証されれば、多分たちまちホメオパシーの虜になると思うけど
いまの所、気休め程度のものだという扱い。

で、そんな物、何滴か何かのエキスがアルコールで希釈されているやつを、卵巣に直だなんて。

しかもそれに25ユーロとか払ってんの。ああ、後悔後悔。

1ヶ月後にまた注射するといって予約を入れたけど、私はキャンセルしました。

そしてマーはというと、合計3回の注射とあとは、毎日そのホメオパシーの液体を
数滴飲み続けていて。

その後行われた不妊クリニックの検査では、マーの数値は見事に上がっていて、勝手に
治療方針を変えないで下さいとご立腹だった女医の、数値を見て引きつった顔が
忘れられない。

えー、本当に効いちゃたー??

私は薬を中断したことを咎められ、結局その甲状腺ホルモン剤の服用を再開し1ヶ月で
数値を安定させる。

そしてやっと不妊治療の基本の基本、第一ステップ「タイミング法」というのを指導して
もらうことになる。

この時点で、初めて不妊を疑って病院で検査をしてから3年以上経っていた。
3年でこれって遅すぎやしないか?

本格的な治療らしき治療。
これを3回やって駄目なら、人工授精という選択肢が脳裏に浮かぶ。

このタイミング法を実地するにあたり、まずは排卵日を予測するために卵子の熟成具合を
経膣エコーで測定するという検査があるんだけど、なんとこの検査で私の子宮にポリープが
あることが分かってしまった。

ていうか、今まで散々検査してきて、なんでいまさらそんなものが見つかるの??
ポリープってそんなに突然できて大きくなるものなのだろうか??
少なくとも4ヶ月前にした子宮内の検査では、何も発見されなかったのに。

とにかくタイミング法なんて言ってる場合ではなく、すぐにでも取った方がいいとのことで
発覚の3日後には手術の手配が整っていた。

悪性ではないけど、このポリープが妊娠を妨げる原因だったのは大いにあり得るとの見解。

そりゃーそうでしょうよ。
1センチぐらいの塊が子宮の入り口付近に鎮座していたら、届くものも届かない。笑

で、で、その手術をして1ヶ月待って次の生理周期で、そのはじめてのタイミング法というのを
指導してもらって、そうして懐妊の運びとなった訳です。

これってさ、もしポリープがもっと早く発見されてれば、もっと早く出来てたってこと?
そう思うと、ちょっとやるせない気持ちになった。

手術をしてから違う先生二人に経過を見てもらったんだけど、一人は綺麗に無くなったと
言っていて、もう一人は、取り残しかこの前発見できなかったものか分からないけど、
まだ若干あると言っていた。

あんまり問題じゃないとのことだけど。

もう何を信じていいのやら。。。

だけど、子は確実にこのお腹に生命を宿し、今度は去って行くことなく長期にわたり
滞在してゆく事を決意したみたいです。

妊娠してからも、流産防止のためにホルモン剤を入れ続けろと言われたけど、薬の影響も
心配だったし、何より今回は長期滞在に確信を持てていたので、また勝手に服用を中止。

もしそれで駄目なら、薬を飲んでも飲まなくても、きっとそれまでの生命力。

その時また居なくなっても、「君」はまたやって来てくれることを、今度も疑わなかった。
こんな歳になって、どんだけ自信過剰という感じだけど。

現在滞在6ヶ月目。

先日行った詳しい検査では、母子ともに順調とのこと。

本当はこんな歳なので、ダウン症や障害がある確立を調べたりする検査とか推奨されるらしい
けど、私は何も言われなかった。

通っているのが田舎町の小さなクリニックだからそういう検査をする設備が整っていなくて、
希望をすれば大きな町でやってくれることをチラッと聞いてはいたけど、私たちは最初から
何があっても産み育てると決めていたので、そういった検査に特に用はなかった。

他にも3D超音波で、ものすごーく細かいところまで見て異常を見つけられる検査も
あるらしいが、それもやらなかった。

そうは言っても、実際ちょっとは不安ではある。

けど、もしそれでこの子になにか障害や病気が見つかったとして、じゃあどうするのという
話になる。

こんなに待ち望んでできた子を問題があるから「はいサヨナラ」なんて、そんな事はできない。

そして何よりも、私たちはもうこの子を家族の一員として愛し始めているし、それはどんな
形で生まれてきても、その後も変わることはないと信じている。

「案ずるより産むが易し」とは良く言ったもので、いろいろ心配もあるけど、そんな事はよそに
とにかく無事に生まれてきてくれることを楽しみにしている毎日。

最近は胎動も活発になってきて、今日は初めて回転したのが分かった。

毎日毎日、ものすごく神秘的な経験をさせてもらっております。

で、ドイツで高齢出産というタイトルのことだけど、今のところ私は高齢だからと言って
特別な検査を勧められたり、サプリとか運動とか特に指導されたことはありません。

何も言われなさ過ぎて、これでいいのかなと思うけど、前例もないし比べようもないので
先生が大丈夫というなら、大丈夫と信じることにしています。

調べれば調べるほど不安も募る高齢出産。

だけどキリがないので、余計な情報はあまり受け入れず、本能のまま出産も
子育てもしてゆきたいと思っています。

2014年3月13日木曜日

ドイツで高齢出産<治療偏>

昨日の続き。

流産してからは、子宮内がクリーニングされて子供が出来やすいという情報を得ていた私は、
それから半年後ぐらいにまた自然に出来ちゃうんだろうなー、なんてけっこう自信満々で
いたのにも関わらず、結局出来なかった。

その時の2年間は周りが出産ラッシュで、子供が次々とできてポンポン生まれていた。

ドイツに来たばっかりの時によく夜遊びしていた友達も、今やみんなパパやママになって
子育てに夢中。

遊んでくれる人も少なくなってきていた。

ただただ虚しさが募り、時間だけは淡々と過ぎて行き、私はすでに37歳になっていた。

後悔するばかりの日々。

なんでもっと早くに高齢妊娠の難しさという物に気づかなかったんだろう。

周りがみんな子供がいるから欲しいという焦りではなく、もうタイムリミットが迫っていて
このまま出来なかったらどうしようという不安が、大きく圧し掛かって来ていた。

そして、はじめて不妊治療ができるという病院の門をたたく。

知人の勧めでまずは科学的な方法ではなく、より自然な方法で妊娠を目指すというのが
治療方針のクリニックを訪ねた。

いわゆるホメオパシーとかそういうのを使って体質や心の状態を変えてゆきましょうみたいな
ところ。

けど、科学的な治療も選択できるということで、ここには2回程通った。

私がまだ若くて、まだまだ時間があればこういうアプローチで妊娠に望むのもありだったかも
しれないけど、なんせもう37歳。時間がないのだ。

初回の訪問でこのクリニックの優しい女医さんは、こういう選択もあるのよと、
治療に使われるレメディのリストをくれ、あとは結構時間をかけてカウンセリングをした。

だけど私は最初から薬でもなんでもくれと思っていたので、低レベルのホルモン剤などを
処方してもらう。

しかしこの人がした検査とカウンセリングは、あくまでもホメオパスとして行ったものらしく
たった一回の訪問で150ユーロぐらい払うことになった。
(その手のクリニックは保険が効かないので)

すごく感じの良い人だったけど、今の私にはメンタルを調整するよりも、肉体的な問題点が
あれば解決するほうが先と思ったので、ホルモン剤は2周期だけ服用して病院を移し
本格的に治療に望むことにした。

で、ライプチヒの不妊治療専門のクリニック。
2ヶ月待ち。

自然派クリニックの女医さんに紹介状を書いてもらってやってきたのだが、ここで初めて
不妊治療の現実を付きつけられることになった。

前回のクリニックは、時間の無駄と言えばそれまでだけど、精神的にも肉体的にも
不安と思うことにはちゃんと向かい合ってアドバイスをくれたり、とても親身になって話を
聞いてくれた。

ところがこのクリニックはとてもシステマティックで、私の今までの血液検査などのデータを
見て、一瞬にして治療計画を提案してきた。

この血液のこの値がこのくらいで、これをあとこれだけ上げるために薬出しますからとか、
そして初診でいきなり、人工授精の話になったり。

えー、私たちの話何も聞かなくていいのぉー???

人間を扱うというより、妊娠できる体に近づけるためデータを操作する役目の人という感じ。

とてもとても無機質で機械的で、しかもお金の匂いがプンプンして、気持ちの悪い愛想笑いを
振りまくこの女医が、一瞬にして嫌いになった。

だけど、嫌いだから止めるとは言ってられない。

子を望んで3年もたって基本的な治療をする土俵に立てることになった私たち。

時間があれば絶対に医者を変えていたけど、ここは大人しく言われるがままの検査をし
薬を服用することにした。

一番疑っていた卵管癒着も、通水検査をしたが何の問題もなく、マークス側の問題も
特になし。

なーんにも問題が見つからなくって、それでも出来なくて。

不妊はよくプレッシャーやストレスなどの精神的な問題も大きく関わってくると言われてるけど
このころの私は、たとえば最初のころのように検索魔になったりもせず、プレッシャーも
ストレスも無かった。

ゼロとは言い切れないが、だって何にも問題ないんだもん、いつかどうにかこうにかして
出来るでしょうと。

もし、できなかったらそれまで。

子供のいない人生を考えればいいだけだと思ってました。

そして、去年の春に2ヶ月のイラン旅行を終え、で、次は何をすればいいのと聞きに行くと、
妊娠したいなら甲状腺ホルモンの値をこれにする必要があるので、夫婦揃ってホルモン剤を
飲んで治してくださいとの指令。

ホルモンを操作するのかー。。。

でも、背に腹は変えられない。

私は処方されたホルモン剤を服用する事に決め、マークスはどうしても不安がぬぐい切れず、
近所のホメオパスに相談しに行く。

この人、健康すぎて基本的に病院に行くことがないので、まずは病院嫌いで、医者がすぐに
出す薬とかを信用していない。

でも自力で治せないものは、とりあえずホメオパス聞いてみようというスタンスを貫いている。

そしてあんたが自然治療でも、私はケミカルの道を行くよと言って、甲状腺ホルモンの治療を
始めたのです。


2014年3月12日水曜日

ドイツで高齢初産<妊娠までの道のり>

妊娠6ヶ月目。

なんだか最近やっと冷静に、子を授かるまでの長い道のりを振り返り、記録しておこうという
気になってきたので、誰かの励みになることも願い、何回かに分けて書いてみようと思います。

というのも私自身、なかなか子に恵まれなかった長い間に、誰かの体験談とかに勇気付け
られたりしたから。

逆に凹んだり、情報過多で混乱することもあったけども。


わたくし、来週で39歳になります。
子を産むのも39歳の立派な高齢出産です。

結婚したのが33の時だったから、かれこれ6年間不妊期間がありました。

結婚後最初の2年は長い旅をしたり、ドイツに移住して生活を落ち着かせるのに集中していたので
子供はそれからでもいいやという感じで。

それに子供なんかすぐに出来ると思っていたので、36で一人目を産んで、その2年後にもう
一人なんていう、お気楽家族計画も頭の中ですっかり出来上がっていたな。

そして35歳で子作り開始、1年経過し。

できない。

ここでやっと色々調べるわけです。

そして初めて知った衝撃の事実。

35歳以上は高齢出産で、歳をとるほど卵子が老化して子供が出来にくくなるとか、高齢で
出産すると障害を持った子が生まれるリスクが高いとか。

35歳以上が高齢というのは薄々気づいていたけど、けっこう歳とっても子供を産む人も
いるし、生理がある限り子供なんていつでもできるんじゃないの?という、無知にも程がある
くらい、ホント何にも知らなかったわたし。

そんなの誰も教えてくれなかったよ。

焦りました。

そしてなんだなんだと調べまくり、とりあえず日本から高性能の婦人体温計を取り寄せて
基礎体温をつけ始めたり、中国製の排卵検査薬を輸入代理店を通して取り寄せたりと、
基本的なことをまずやりながら自然妊娠を目指す。

基礎体温はデータが取れるのはいいけど、ブログなどで見かける多くの妊娠を希望している
女性が、ほんの0,1度とかの上がり下がりに一喜一憂している記事を見て、正直しんどいと
思うことがよくあった。

でも実際自分がその立場になると、まったく同じような心理状態になり、これまたしんどかった。

特に、高温期が続いてコレは!と思った次の日に、体温が急降下する朝という日には
泣いたことはないけど、ホント悔しくて悔しくて、落ち込んでヤケ酒することもありました。

基礎体温や排卵検査のデータも、一応資料として参考になるくらい揃ったので、まずは
近所の婦人科に行って検査してもらうことに。

最初の検査では私自身には問題はないと。
生理周期28日、排卵も14日でほぼぴったり来るぐらい、基礎体温もそれに沿って
きれいに線を描いている。

唯一気になるのは、高温期に体温が一定じゃなく若干波があるということぐらいで。

初回は軽い検査と問診だけで返され、次回さら詳しく調べるからと言われ1ヶ月後に予約を
入れる。

そして、その時の生理周期で妊娠が発覚。
自分の目を疑い、2回も検査薬で検査したのを覚えている。

クリスマス前、結婚3回目の記念日の出来事だった。

それから数日後の予約を入れておいた検査の日に、妊娠したと告げられた先生は
びっくりしていた。

だけど出血したりしていたのであまりいい兆候ではないと。

結局6週目の超初期の段階で流産が確認され、手術はせずそのまま何もかもが排出されるのを
待った。

このときは、残念だったけど不思議と悲しい気持ちにはならなかった。

むしろ、自分たちには可能性があることが分かったことの方が嬉しかったし、今回流れて
しまった子はきっといつかまた私たちのところに来てくれるだろうと信じて疑わなかった。

ほんの2週間だけ妊娠していた期間に、体調の記録も含めてつけていた日記上で私は
このお腹の中にいる生命体を「君」と呼んでいて、流産が確定して子宮の中身がすっからかん
になってもサヨナラとは書いておらず、

「ちょっと君、ちゃんと居心地のいいベットを用意して待ってるから、今度はちゃんと
泊まっていってよね。また、会おう!」

と締めくくってある。

それからその日記は、その「君」にまた再会するまで、2年以上も放置されていたのでした。

2014年3月11日火曜日

ベアラオホの季節


このネタ、このタイトルで毎年書いてる気がするベアラオホの記事。

ライプチヒ南西に位置するフォルクスパークでは、ベアラオホが満開の時期を迎えていました。



ベアラオホとは日本では熊ネギと言われていて、その名の通り熊がこの球根を食べることから
名づけられたそうな。

ドイツ語でもベアは熊で、ラオホはネギです。

ニラとかニンニクのような味がするので、この時期ドイツに住む日本人は餃子に入れたり
ニラ玉にしたりして楽しむ人が多いのではないでしょうか?

ところで、このベアラオホ。

雑草のようにかなり広い範囲に自生しているもので、日曜日に友達と二人で採りに出かけるも
他に摘んでる人が一人もいない。

聞くと、この辺では珍しいものではなく、さらにはありすぎて見たくないという人までいて
採りに来る人も少ないんだとか。

でもたしかに、ニンニクがそこまで市民権を得ていないドイツにおいては、この匂いも味も
苦手な人はいっぱいいるはず。

ということで、独占状態のベアラオホ採り。

バターに混ぜたり、スープに入れたり、もちろんニラ玉で食べたりと、毎日この旬の味を
楽しんでいます。


この日は気温も20度ちかくまで上がり、春を通り越して初夏のような天気。
自転車日和。

公園を抜けて、ちょっと先に行くと「Cospudener see」という湖があり、サイクリングロードは
そこに行く人であふれ返っていた。

夏になったらもっとすごいんだろうな。

泳いでる人はいなかったけど、寒中水泳が好きなマークスだったら余裕で泳いでいるような水温。

そんな彼は今、アメリカに出張中。




砂浜での日向ぼっこは、実に気持ちよかった。

寝転がりながらドイツ人女子(といっても33歳)の恋バナを聞いて、なんか甘スッパイ
気持ちになったり。

夜は急に別の友達のところでグリルをすることになり、食材をかき集めて遊びにゆく。

住んでる町で遊ぶときは、日本人は私一人であと他は全員ドイツ人というパターンだけど
ここはライプチヒ。

集まる人もインターナショナルで本当おもしろい。

ま、相変わらず日本人は私だけなんだけど。

シティーライフっていいなー。
私が渇望している、こういう異文化交流が簡単に持てる日常。

街暮らしの人が羨ましくなった。

この夜、ものすごくこの街にまた住みたいと思ったり。

ちょっと寝られなくなるくらいかなり想像力を働かせ、生まれてくる子のことも含め色々と
考えてしまった。

今の暮らしは、ホントに私が望んでるものなのか。。。


昨日も1日中またライプチヒで遊んでてすっごく楽しかったんだけど、2日街にいただけで
ドッと疲れてしまった。

そして今朝、自宅。

鳥の囀りで目が覚めて、夜がゆっくりと明けて行くのをボケーっと眺めてまた眠り、
次に目が覚めたら、窓越しに青い空が広がっていた。

テラスから庭へ降り、柳の木に新芽がたくさん付いているのを見て、2日不在の間で咲いた
新しい花をたくさん見つけ、畑仕事に精を出す清清しい一日。

昨日の夜のモヤモヤは一瞬にして晴れ、やっぱここでの生活は何事にも変え難いということが
はっきりと分かりまして。

別に住まなくてもいいから、もっともっと頻繁に街に出ればいいや、という結論に達するのです。

いつも、これの繰り返し。

あー、自分の車が欲しいなー。。。

2014年3月4日火曜日

ファストフードに3時間

先日夜寝る前にモンサント社の話になって、そこから某ファストフードのチキンなんとかの
原材料の話になり、そして猛烈に食べたくなってしまったハンバーガー。

あ、モンサント社とは遺伝子組み換えの世界シェア90%を牛耳ってる会社で、まぁ
こういう問題に興味のある方なら知らない人はいないであろう、悪徳会社です(キッパリ)。

世の中、日本の放射能汚染とか、遺伝子組み換え食物とか、食肉用動物の飼育の惨状とか
知らぬが仏なお話がいっぱいありますが、なんかやっぱり知れば知るほど、自分たちが
普段口にしているものが、おかしなことになってきているのに気付く。

声高々にこういうことは叫びませんが、自分の食べるものぐらい自分の中の価値基準で
納得できるものを選びたい。

特に子供が出来てから、自分の食べるものについて考えることが前よりも多くなり
この子が生まれてからの食生活についても、最近話すようになってきた。

でもね、そんなこと話していたってね、ジャンクフードはおいしいのです。

と、日本に居た頃はそう思っていた。

どんなに健康に悪くても、どんなに気持ち悪い作り方をしてるかを知っても、たまに食べたくなる
ジャンクフード。

今でもたまになら別にいいじゃんと思う。

だけどドイツに来てから早四年、私の中で劇的な変化が起きていたのです。

それは、ジャンクフードが不味いと思うようになったこと。

ジャンクフードといっても色々あるけど、特にファストフードのバーガーショップ。

去年だったかある時、もうどうしてもそれしかなくて、とりあえず空腹を満たすため
とあるバーガー王の店に入り、セットを注文した。

それはかれこれ5年ぶりにもなるであろう、ファストフードの味だった。

激マズ。。。。

変わったのは、明らかに私の味覚。

こんなものに7ユーロ近くもお金を払ったと思うと腹立たしいったらなかったが、半分だけ
頑張って食べて残りは捨てた。

あれは、いったい何なのか。
私がいつも食べてる肉が100%の肉だとしたら、あのバーガーの肉は何で出来て
いるんだろう。
それに、あのフワフワすぎて噛み応えゼロのパンは。


それ以来。。。。
いや正直書くと、昔好きだった某バーガーショップの魚とタルタルソースが挟まってるやつを
これは無性に食べたくなって食べてみると、やはり結果は同じで。

それ以来ですね。

どんなに安くても、どんなに早くできあがろうとも、もう食べたくないと思ったのは。

日本にはファストフードと同じ扱いではあれ、モスとかフレッシュネスバーガーとか
おいしい所もあったけど、あれも今となっては不味いと思ってしまうのか。

今度日本に帰ったら、ぜひ自分の舌を確かめにいきたい。

で話は戻って、ハンバーガが猛烈に食べたくなったある日。
しかもピンポイントでモスバーガーのモスチーズバーガー。

日本に住んでいて、いつでも食べられる環境に居ながらも、この味を自宅で再現みたいな
人っているんですね。

その方たちのレシピを参考に、結局自分好みのモス風ソースになっただけですが
作ってみました。

もちろん、バンズも手作り、ライ麦入り。


このバンズで時間がかかり、結局3つのバーガーをつくるのに3時間もかかってしまったんだけど、バンズがあれば調理時間なんて30分もかからないぐらいですかね。

ポテトはバンズを焼いてる傍らで、ベイクしました。

かなり大きくて食べずらかったけど、大満足の味。

次は、あの魚が挟まってるバーガーに挑戦してみよう。
冷凍じゃなくて、新鮮なお魚で贅沢に。



2014年3月1日土曜日

庭を買う*その2

昨日の続き。

庭購入における厄介な話、その2。

この土地は元は今住んでいる市の持ち物なので、市から購入という形になったんだけど
貸与地から売却地に変更するにあたり、まず土地を正確に測量しなおすということになり
その測量代がなんと5000ユーロ!

土地代より高いじゃん!なにこれ、ぼったくり?

正確な数字をはじき出すのが目的なら、別に市に任せなくても個人的に測量士に頼んだ方が
安上がりと思い、知り合いの測量士に見積もってもらったら、測量そのものというよりは
その他もろもろの手続きや、書類作成でけっこう持ってかれるとのことで、彼がやっても
結局同じくらい費用がかかるだろうと。

こうなると話が振り出しに戻る。

おばあさんに払うお金と測量代で、結局当初考えていた値段から3倍近く膨れ上がってしまった。

田舎町の住宅地なので、この先開発などでこの土地が使われることなどまずないから
いきなり土地を取り上げられることもないはず。

だから、借りておく方が断然お得。

借りるか買うのか、さーどうする、マー先生よ。

彼は細かいところに使うお金はトコトンけちるくせに、自分の中で価値があると思うものには、
惜しみなく金を使いますが。。。

面白い実例を一つ紹介すると、その昔日本で長期旅行用の車を買いに行くことになり
出かけ間際に忘れ物はないかカバンの中を覗いてみると、そこには封筒に入った手付け金
100万円と生のニンジンが無造作に放り入れてありました。

何故にニンジンか尋ねると、まあ、もちろん食べると。

ていうか、お前は馬かと。笑

100万円現金で払える大人が、おやつにニンジンを持っていくこの感覚。

こういうネタ、この人は無限大に持っています。

あの頃はこの人の金銭感覚にドン引きし、理解するのに相当苦労しましたが、今となってはもう
分かりきったことです。

お金に細かいくせに、お金の管理が超適当なところとか。
あ、そういうのを細かいとは言わないか。

話は逸れましたが、最終的にこの土地、もちろん買いましたよね。

私にはそこまでの価値があるのかどうか分からない買い物なんですが、この先色々手を加えて
行くことで、お値段以上の価値が見出せればと思ってます。

将来的にこの家は、ゲストハウスみたいにできたらいいかも。

そんなことはまだまだ先の話。

さっそく病気の気を切り倒す与作。





この前3本の木を一気に切ったので、庭がまだジャングル状態。



まずは当初の予定通り、この庭では長期保存ができる野菜を沢山栽培して、半分は果実園に
なることでしょう。

そして、夢は養蜂。 養鶏。。。それは微妙。
だけど、Laufenteは食べないことを前提に飼ってみたかったり。

何気に夢が広がっているけど、忘れてはいけない。

7月には子が生まれて、そんな時間など当分ないことを!