2017年4月22日土曜日

行って来まして、帰ってきました。



ご無沙汰してます。

思い返せば、今年になってからぶり返してる風邪がずーと長引き、体調不良、特に食欲不振
のまま、3月下旬から日本に帰省してました。

とにかく具合が悪く、全然楽しみじゃなくて、日本でも寝込むことになるのかと思いつつも
なんとか回復し、最終的には楽しい滞在になった、、、、かな???

いや、途中で食欲が戻って来て、暴飲暴食の末、一週間ほど激しくお腹を壊したりしてて、
苦しかった。。。

そんなこんなで今回、連絡さえできなかったお友達の皆皆さま、また今度遊んでくださいなー。



東京の桜が満開の時期に帰ったのは、日本を出てきてから初めてかも。

去年は地方を回っていて、近所の見事な桜並木は結局見れなかったからな。

3月下旬は寒かったけど、やはり春の帰省は良かった。

家族でお花見もできたし。

 
井之頭公園。30分並んでボートに乗ったり。

友達が住む多摩市のなんとか公園。

 今回の帰省は、マー先生も一緒だったんだけど、彼は今日本の大学とあるプロジェクトに
取り込んでおり、平日はずっと仕事をしていて、休みは週末のみ。

なので私は、平日くり坊くんと朝から晩までほぼビッシリ一緒にいることになり、正直言って
それがけっこうキツかった。

あのヤンチャ盛りで、もうすぐ3歳時の有り余るエネルギーは、ドイツでは幼稚園で発散してるけど
日本ではほぼ私が受け皿になる。

幼稚園のありがたさが身に染みたというか。

毎朝起きて、彼のパワーを今日はどこに持ってゆこうか、そんな事を考えることから1日が
始まり、目いっぱい遊んで気付いたら一日が終わってる事が多かった。

しかも、毎日朝から晩まで一緒だからか、坊の「ママ好き好き度」が日に日に濃度を増して行き
ついには「パパ嫌い、あっち行け」で、私としか昼寝しない、夜も寝付けない、という状況に
なってしまい、余計に私の時間もなくなってゆき。。。

ちょっとイライラすることも多かったかな。

行きたかったとこ、会いたかった人、やりたかったこと、見たかった映画などいっぱいあったけど、達成率20%ぐらいってとこでしょうか。

次回は50%を目指そうぞ。

君だよ、君。いきなり道のど真ん中で本を読みだしたりして、母困惑。


毎日がホントにダダダダダダーーーーーと過ぎてゆき、あっという間に1カ月が過ぎていった。

写真もろくに撮ることもなく。。。


最後は同じみ、〆のキャンプ。

奥多摩の先の先の高原へ。

ここでもくり坊のママラブ変てこなテンションがコントロール不能になり、みんなには迷惑かけた。

いつからこんななっちゃったんだろう。
これが俗にゆうイヤイヤ期というやつなんだろうな。

想像以上に、ムカつく (笑)

母よ、落ち着け!!

自分に何度も言い聞かせたっけね。(今でもだけど)


ま、くり坊君も色々慣れない状況で、不安やストレスもあったんだろうな。

だから私に全力で甘えてきて、ことあるごとに愛の告白をして、そして困らせる事をわざとして
心を繋ぎ止めておこうと必死だったのではないかと思うのですね。

そんなのも今だけだと思えば、乗り越えられます。


滞在中の色々は、後程ぼちぼち書いてみたいと思います。



さて


水曜に帰国して、高速道路を走ってると、吹雪に見舞われました。

どうなってんだ、ドイツ。

翌朝自宅で久々の朝を迎えると、窓の外には



チューリップに雪が積もり、もうすぐ5月だというのに、薪を運ぶ日々が始まりました。

そんなんでも、やっぱり我が家が一番落ち着くー。

2017年3月9日木曜日

春なのに


3月から活動期に入る予定が、もう3週間ぐらい具合が悪くて、動けていない。

幼稚園でも家庭でも風邪が蔓延していて、防ぎようがないというか。

誰かが治ったと思ったら、また誰か。。。。

いつ終わるんだろう、このスパイラル。


3月になって1週間も経ってるしー。

何もやってない、何も出来て居ない。

焦るーーー 。



そういえば先日、車を買い替えた。

7年間乗っていた前の車は、機能性のみを追求するマーらしく、メーカー、外観に拘らず
「燃費が良く、走って、丈夫で、尚且つ盗まれなければいい」ということで、なんとわざわざ
バンパーの右コーナが陥没している、だけど性能的には全く問題のない事故車を買った。

一度車を盗まれて痛い目にあったことがあるので、過剰防衛 するのは致しかたなく
盗まれない為のオプションで、事故車を選んだとでも言いましょうか。笑

この辺は東ヨーロッパ諸国の自動車ドロボーがよく入り込んで来る地域で、とくにチェコや
ポーランドの窃盗団は、今日もさらっと車を盗んでは、自国へせっせと運んでいる。

とにかく、我が家の愛車はそんな事故車だったのが幸いしてか、無事盗まれず乗り続けることが
できたのだった。

今回買い替えたのは、けっこう急な話だったんだけど、要は私がゴネたのですね。

車を運転出来たら、やっぱ色々便利だし、いつかやらなきゃと思っていたけど、
マニュアル車を運転する自信も、練習する気力もなく、結局買い替えという選択に。

最初は渋々だったマーも、話がそうと決まれば即行動。

1週間後には目星をつけて、話が出た1か月後にはガレージに新しい車が乗り入れられて
いました。

私は車の事は良くわからないし、メーカーに拘りもないし、ましてやいい車に乗るステイタスとか、
私のプライドはそういう所には全くないので、すべてマーにお任せ。

実際納車されるまで、買うと決めた車を見たこともなかった。
車種は知ってたけど、形とか色とか、全く興味がなかった。

買い替えの願いが叶ったというだけで、十分ありがたやだったのだ。

今回の車はドイツ車で、あの有名なMの方じゃなくて、Aの方。

別にその会社のものじゃなくても良かったんだけど、決め手になったのは燃費の良さというだけで、驚きの100km/3.5L。(ドイツではこういう計算)

なかなかいいのでは。

受け取って初めて気づいて、えええーーー!となったことが、2点。

それは、車が4人乗りだったということと、後部座席がフラットにならないということ。

けっこう大切なポイントだったのにな。確認しない方が悪いよね。

車の見た目は、A社のものだけど完全な大衆車。

色もなんだか中途半端でダッサイ感じで、高級感が全くない。

盗まれるリスクが少ないということも重要なので、この辺はポイント高し。

ちょこちょこ買い物に出かけたり乗り出してるけど、やっぱ車があるといいわー。

目標は、この夏ちょっとふらっとプラハまでーー、みたいな一人旅。

出来たらいいなぁ。

2017年2月23日木曜日

癒しの庭仕事


2月も後半。

凍りついた日々も終わりに近づき、春はもうすぐそこまで。

昨日、今日は10℃ぐらいでとても暖かく、小雨が降る中待ち切れず今年初の庭仕事。




毎週水曜日、くり坊くんは義両親がお迎えに行って、そのまま寝る直前まで帰ってこないので
朝幼稚園に送りに行ってからは、丸1日フリータイム。

こういう時、実家が近いとありがたい。

昨日は午前中からバリバリ働くぞと、張り切って庭に向かうと。。。

            


薪が見事に崩れておった。マーが積んだ薪。

こういう二度手間仕事、大嫌いーーー。

雨が降りそうだったので放置も出来ず、また崩して、積みなおして。

1時間はかかったわ。



気を取りなおして、庭仕事。

掃き掃除して、農機具の手入れをして、土を作ったり、新しい花壇を作ったり。

あっという間に夜になっちゃった。

体いっぱい動かして、いい汗かいて、ご飯美味しくて、夜はグッスリ。
腰が痛くて靴下立って履けないけど 笑

大嫌いな二月の、鬱鬱した気分もスッキリ晴れた。

庭仕事は癒しでもあり、心も体もキリッと整う感じ。

私の新年度は3月から、ということで

鳥さんと共に、活動時期に入ります。

2017年2月18日土曜日

奇跡再び


バカ、バカ、バカ、私。

本当に、自分が自分で嫌になる。


電車に乗ってライプツィヒに出かける用事があった木曜の朝。

家を出て1時間以内に起こったことを。

9:00 くり坊くんをバギーに乗せて、自宅を出発。
駅まで20分の道のりを歩いてゆくつもりが、間に合わなさそうだったので、
ちょうど通りかかったバスに乗り、駅にむかう。

9:15 駅に到着。終着駅なので全員降りて、私が最後の乗客だった。
そして、バスから降り10秒後ぐらいに背中が妙に軽いことに気づく。

「リュックがない!!!」 

まさかのリュックまるごと置き忘れ。 冒頭のバカバカの所以。

バスの方を振り返るも、時すでに遅し。


 あと5秒早く気づいてたら間に合ったのに、追いかけるも虚しく、バスは去って行った。


そうだ、電話だ!

でも、電話リュックの中だった。チーン

財布だってもちろん。

終了~~~。

唯一、家の鍵と乗ってきたバスの切符はポッケの中に入っていたので、とりあえず実家に
行こうと、丁度停まっていた発車寸前のバスに飛び乗った。

切符が1時間有効というのが救いだった。

バスの車内で、本当に泣きそうになった。
悔しさと自分のバカさ加減を、言葉にして叫びたかった。

どうしよ、どうしよ、どうしよ。

くり坊君はそんな母を他所に

「電車乗らないの?」
「電車乗りたいよ」

と、訴えかけてくる。

そりゃそうよ。

昨日の夜から、これから向かうはずだった子供の集まりで歌う歌の練習もして、楽しみに
してたのに。

行きのバスでも歌っていたのに。

「ごめんね」しか言えなかった。

ママバカだよね、バカだよねと言って、坊の膝の上に顔を埋めた。

9:35 実家に到着。こんな日に限って義理両親揃って外出中。

9:40  在宅勤務をしている友人のところに駆け込む。事情を説明したら有無も言わず
バス会社に電話してくれる。

しかし、リュックが置き去りにされているであろうバスは、今も街を巡回中で、事務所には
まだ届いていないとのことだった。

12時にもう一度電話してくれといわれるが、彼女が気を効かせて、自宅の電話番号を相手に
伝えてくれ、見つかったら一報入れるように頼んでくれた。

あとは、天にお任せするしかない。

最悪リュックごと誰かに持ちさられたら、戻ってくる望みなどない。

財布にはもちろん、大事なものがもれなく入っている。

それが無くなったら、、、悪用されたら、、、再発行の手間。。。。

震えた。血の気が引いた。

しかし、そこにいても事態は何も変わらないので、家に帰ろうとしたその時、電話が鳴った。

リュック、あったって!!!!

なにこの早すぎる展開!
しかももう事務所に届いているとのこと。

「次の電車間に合う?だったら取りに行っちゃおう!」


ここでもめっちゃ気が効く友人が、仕事そっちのけで車を出してくれて、バス会社にリュックを
取りに行き、その足で駅まで送ってもらった。

10:15 事件発生から1時間後、今度はちゃんと背中にリュックの重みを感じながら
駅の前に立っていた私とクリ坊。

何事もなかったかのように、1時間遅れの電車に乗って無事目的地へと向かったのでした。


これねー、実はドイツで一度やったことがあるんです。(その時の記事

その時は財布だけベンチに置き忘れたんだけど、運よく拾われ、30分後には手元に戻り。

落とし物や忘れ物は良くするんです。(自慢じゃないけど。。。)

だけど、いつもちゃんと戻ってくるから、その出来事が痛手にならず、気が抜けてしまう。


1年ぐらい前には、空港で手荷物のリュックを置き忘れ、坊のオムツを換えようとトイレに
行った時に思いだして。

その間10分ぐらい。

運よく同じ場所に置いてあったけど。

こんな話きりがないのです。

しんどい。。。


今回のこと、考えてみたら私の不手際にそぐわない位、神対応してくれた周りの方々のお陰。

時間帯も午前中で、バスの乗客の9割は病院や買い物へ行くお年寄りだったこと。
誠実なご老人が、すぐさま運転手さんに渡してくれたんでしょうね。

その運転手さんは、多分仕事が終わり営業所に向かい、たまたますぐに事務所に届けられた。
じゃないとこんな早くに届くはずがない。

そしてなんといっても、やりとりしてくれた友人。

私が電話するべきだったんだけど、なんといっても彼女も大焦りで、何から何まで
取り仕切ってくれた。

私はといえば、リュック置いてきただけで、なにもしてないよ。。。

はぁ、不甲斐ない。

この御恩はどこかで返さなければ。


しかし、世の中いい人がいるものです。

と、そこに甘んじるからいけないんだな。

今度こそ、この落とし物の運は使い果たしたと思い、気を張って生活するよう、
こころがけましょう。


2017年2月13日月曜日

泥棒の目印



先日マーが玄関の柱の裏側にある、奇妙な落書きを見つけた。

小さいけどペンでしっかりと書かれていて、こすっても落ちない。

もしかしたら泥棒がつけた目印かもしれないといって、このサインの意味をネットで調べ出した。

そんなんで意味がわかったら、秘密のサインの意味がないじゃないかと思ったりしたけど
とりあえず調べてみた。

ドイツではGaunerzinkenと呼ばれるこの手のサインは、古くは中世から使われているものも
あるらしく、泥棒たちが仲間たちに標的になる家の情報をいち早く伝える秘密の暗号だ。


ポストや玄関先のランプや庭の柵などに書かれていることが多く、その意味合いも様々。

例えば

猛犬がいる
独身女性の家
老人の家
空き家
貧乏な家
仕掛け済
男がいない家

などなど

結局うちに書かれたサインは見つけられなかったけど、見た感じ数字が組み合わさってる点など
なんとも気味の悪く、数日間気が気じゃなかった。

うちは平日中三日は坊と二人っきりだし。

結局近所に住む知り合いの警察管に相談したところ、この町での泥棒被害は実に多いのだけど
こういう類のサインはここでは使われてないとのこと。

それでちょっとは安心できたのだけど。

別の日に、義母に訪ねたところ、「多分業者が測定したときにつけたマークよ」と一言。

そういえばもうすぐ家を取り囲む柵の修復工事が始まるんだけど、それにしてもこのマークは
工事とは全然関係ないところだし。

でも、測定したとすればその業者しか考えられない。

そんなことより、たとえ柱の裏だとしても、あんなにハッキリと油性のペンで印をつけるか?

工事が始まれば明らかになるけど、今のところ泥棒に目を付けられてはいないようで良かった。



日本でも、悪徳訪問業者とかがこういうマーキングをしているらしいよ。

表札とかに変な線とか書いてあったら、要注意。





2017年2月8日水曜日

幼児アトピーの自然療法@ドイツ(治療編)


アトピー界(?)での定説

「帝王切開で出産した子供は、普通分娩で生まれた子供よりもアレルギー疾患にかかりやすい」

というのがあります。

「かかりやすい」と言うだけの話で、全く平気な子もいるでしょう。


アレルギーが出るということは、免疫の働きが完全でないことを意味します。

免疫機能の働きに大いに関係あるのが、腸内細菌。

この細菌というのは、無菌状態の母親の中から出てくる時に、産道を通して赤ちゃん自身に
受け継がれ定着すると言われています。

しかし、産道を通らず生まれた子供は、この細菌を受け取っていないということになります。

それがどうアレルギーと関係があるのか、興味のある方はご自分で調べて頂くとし。。。。

帝王切開で生まれてきた坊のアトピーにも、その細菌云々が原因の一つであると思った
私達。

とにかくその「腸内環境」を重きにおいて、様々な病気の治療を試みているドクターというのが
たまたま近くの街のライプツィヒに診療所をお持ちとのことで、予約を取りつけて
行ってみたのです。

こちらの先生は、とにかく丁寧に診察して下さった。

予約を入れた時点で、自分の身体検査でもするのかというぐらい、自分や家族の病歴、
健康状態を問うアンケート書類が送られてきて、診察当日はそれを元にして、とても細やか
な問診から始まったのでした。

そこの先生はホメオパシーも扱う方だったけど、私は使いたくないとの意思を伝えており
処方されたのは「Bactoflor」 という、腸内細菌のバランスを整える補助食品でした。

食事や飲み物に加えて取り入れる簡単なものですが、効果を信じてこの治療方を試して
みることに。
 
ちなみにドイツでは、帝王切開出産で生まれてきた子供に対し、直ちに腸内環境に有効な
バクテリアを与えてくれる病院もあるらしいです。

それほど、母親から受け継がれる細菌というのは、その後の健康も左右するぐらい重要なもの
なんですね。

もっと高度な治療法では、バランスの良い腸内細菌を持ってる人の便を元に
どうにかこうにかして作ったカプセルをアレルギー患者の腸に注入し、腸内フローラの
バランスを健康なそれに近づけるというのもあるらしく、とても有効なんだとか。

まだまだ一般的ではないけど、研究が進み薬が一般的に出回るようになったりする日が
来るのだろうか、うんちこりんカプセル(笑)

腸がいかに体の中で重要な臓器なのか知れば知るほど、この治療法には可能性を感じますが。


さて

その後、最初に見てもらったのが4月ぐらいで、それから毎日バクテリアを与え続けること
2ヶ月。

それだけが功を奏したとは言い難いですが、でももしそうだったらこれは本当にすごいことだし
こんなに画期的で簡単な治療法だったら、もっと世に広めるべきだと思います。

とにかく、湿疹は日を追うごとに、確実に減ってゆきました。

ジュクジュクした湿疹もだいぶ治まってきたので、軟膏を中止し、痒がったら紅茶ガーゼで
冷やしてあげる、やることと言ったらそれぐらい。

夏になってからは、外の雑菌に触れさせるチャンスとばかりに、天気のいい日は常に丸裸で庭で
遊ばせ、土や芝生の上で日光浴。

汗をかいたら、雨水で洗い流しました。

そして1歳の誕生日の直後、夏休みに2ヶ月ほどキャンピングカーで旅に出ました。

アトピーの治療も兼ねて、最初の2週間は海で過ごす、それも計画の内でした。

移動を続けながらも、ポーランド沿いのバルト海で毎日のように海水浴をし、浜辺て遊んで
いたら、湿疹もみるみるうちに引いてゆきました。

海水ときれいな空気、適度な日光浴がよく効いたんだと思います。

こんな小さな子供にも備わる自然治癒力に、圧倒されました。

旅から帰ってきたころには、貨幣状湿疹の跡はうっすらあったけど、掻きむしる様な湿疹は
全部消えていて、アトピーのことなどすっかり忘れていたほどです。

冬になったらまたぶり返すのかとも思ったけど、肌が乾燥気味なだけで、湿疹は一切見られず。

ひと冬越し、2歳になり、またひと冬越し現在に至るわけですが、アトピーは本当にどこかに
行ってしまいました。

バクテリアは症状が良くなったので3か月程で切り上げたけど、今でも口にする物だけは
気を付けています。

幸い、特定の食べ物にアレルギー反応が出ることもないので、肉、野菜、魚、何でも食べてます。
卵も乳製品もバランスよく取り入れています。

与えていないのは、砂糖ぐらい。(だから痩せているんだと良く言われます)

特に市販のお菓子とかチョコレートなんかは、白砂糖の山なので、腸内環境を健やかに
保つために一切与えてません。

あと、幼稚園で毎日出されるジュースとか給食にも、お砂糖や添加物は入っているので
飲み物とお弁当は持参です。

人のお家に行ったり、外食する時はみんなと同じものを食べますが、せめて3歳になるまでは
なるべく無糖、無添加に拘りたいと思ってます。

食育は親の務めだし、三つ子の魂百までというなら、三歳までに作り上げる体や、あと味覚
なんかも大事だと自分は思っているので。



原因を特定できないアトピーは、ホントに一筋縄ではいかない厄介な病気です。

私が息子にしたことも、万人に効くとは限らないし、効いたとしても治りの具合やスピードも
人それぞれ。

相談を受けたドイツの友人にも、これが絶対にいいからとは、言いきれません。

ただ、ステロイドが効かなくなってしまった子はやはり、一旦は大変な思いをするかもしれないけど
抜いたほうが今後の為だとは言っておきました。


私自身、もしまた坊にアトピーが出ても、もしくは私に出たとしても、怖くはありません。
むしろ体から何かしらのサインだと思い、真摯に受け止めます。

自然治癒の力を信じ、それが誰にでも備わっていると知っていることほど、心強いものは
ありません。

ということで、これは持論にすぎませんが、行きつくところ必要なのは、経過を見守る時間と辛抱、そして時には余計な事を何もしない勇気といったところでしょうか。

2017年2月7日火曜日

幼児アトピーの自然治療@ドイツ(原因編)


偶然が重なっているのか、はたまた冬の乾燥する時期だからか知らないけど、今年に
入って少なくとも3人の友人から「子供がアトピーになった」という話を聞かされています。

しかも皆3歳を少し超えたぐらいの子供たちで、今までは何ともなかったのにという子までいる。

実はうちの坊も、生後5か月の時にアトピーが発症し、今では何ともないんだけど
あの時の症状を知っている友人達から、何か良いアドバイスはないかと最近よく連絡が
来ています。


前々からずっと書こうと思っていたので、これを機にドイツのアトピー治療と我が家の治療方に
ついて書いてみようと思います。

前置きとして、

私自身にも軽度のアトピーがあり、たまーに出てくる湿疹などに、効き目が弱いステロイド薬で
数十年間症状を抑えて来ました。

思い返せば子供のころからです。

ドイツに移住を決めた事を機に、脱ステロイドを決行。

軽度だったはずなのに、薬を止めたとたん全身壮絶なリバウンド症状に見舞われ、社会生活が
困難になりながらも、1年半ぐらいで何とか克服。

あれから10年以上経ちますが、その後ステロイド剤は一切使用せず。

今はしつこく指湿疹が時々出てくるだけで、それもきっとアトピーの症状なのでしょうが
気にしたりしなかったりで過ごしています。

皮膚疾患に使われるステロイド剤については、散々な目にも遭ってきたけど、結局
コントロールできていなかった自分が悪かっただけで(あと医者も)、必要ならば薬での治療も
短期的には必要だと思ってます。

ここからは坊の話。

彼が生まれて5か月、冬の入り口の差し掛かったころに、背中にポツンと湿疹ができ、
それが全身に広がるまで大して時間はかからなかった。

私はそれまでアトピーの症状が出てこなかった事のほうが不思議だったので、
「ほう、今来たか」と、けっこう冷静な感じで発病を認識しました。

症状としては、背中が湿疹で膿が出てグチュグチュ。
二の腕部分も、小判上の湿疹が多数できていて、アトピー特有の関節の内側や首の湿疹、
耳切れ、乳首までもがただれて、浸出液が常に出てる感じ。

なので着ている服はすぐにベチャベチャになり、なぜか痒がって泣き叫ぶということは余り
なかったのだけど、夜は仰向けになって寝ると背中を布団で擦りはじめ、翌日血の海に
なるので、3か月間ぐらいの間は、自分の胸の上でうつぶせになって寝てもらいました。

今考えると、けっこう大変な時期だったなぁ。

さすがにステロイドの文字が頭に過る時もありました。
 一旦薬で綺麗にしてあげて、それから食事やなんやらで調整してゆこうかと。

でも、この時期まだ母乳しか飲んでなくて、離乳食も怖くて始められなかった。
あと、0歳でもうステロイドを使うということが、何とも恐ろしかった。


こっちのアトピー治療も、とりあえずステロイドから始まるのは聞いていたので、普通の皮膚科の
門は叩かず。

病院に行かないことにも勇気が要ったけど、自分がした時と同じようにとにかく自然に
治るのを信じて見守ることに徹しました。


ドイツには所謂「代替治療」なるものも多く存在しています。

ホメオパシーを始め、民間レベルでの自然療法というのも、とても身近な存在です。

私が住む町にも、自然療法士の診療所がいくつかあります。

ホメオパスのところも、勧められて行ってみました。

だけど、私自身ホメオパシーとの相性が悪いので、結局無駄足だった。
詳細は端折るけど、もうああいうところには2度と行くまいという、酷い体験をしたな。

なかなか良くならない状態が続いたけど、ずーっと続けていたことは以下の4点。

紅茶ガーゼ
モクタール入りの亜鉛華軟膏
塩入浴
イソジン消毒

紅茶ガーゼは、濃いめの紅茶を浸したガーゼを湿疹部分に当てて、パックする方法。
これをやると痒みもおさまり、気持ちよさそうに眠ってしまう程でした。

膿が出てしまってる時は、とびひ防止の為にイソジンの濃縮液で消毒。

その後、モクタール入りの亜鉛華軟膏をジクジクしてるところだけに塗ったり。

モクタールはドイツで「teer」。薬局で買えます。ちなみにすごい臭いです。
亜鉛華軟膏は日本の漢方薬局で購入。
 
浴槽に浸かる入浴は週に1回。
それは今でも変わらずですが、皮脂を守るために石鹸やシャンプーを使わない。
湿疹がひどがった時は、お風呂に塩を入れて入浴してました。


本も色々読みました。

アトピーは原因も症状も人それぞれで、完治する方法というのも確立していません。

ただ、私には確信できることが一つあって、それはアトピーというのは皮膚疾患ではなく
腸内環境のバランスの悪さが原因で、結果皮膚に出てくる病気だということです。

皮膚に薬を塗るという行為は、その場しのぎの対処法にしかならず、根本的な原因を
突き詰めてゆくと、結局のところ内側を見つめなおすしかないんです。

これが自分の治療を経て見出した答えなので、手にする本は食事療法だったり
自然療法に関する本が多かったです。


そして、アトピーと実はとても関係が深い腸内環境や腸内フローラという文字を意識していた
この時期、ちょうど義母もそれに関する本を読んでいて、その本に紹介されていた ドクターの
門を叩くことになったのでした。

治療編に続く